星降る夜はその腕の中で─「先生…私のこと、好きですか?」
 それから私は学校には行かず、少しの間も惜しんで受験勉強に費やすようにした。
 分からないところは先生にメールで訊くようにしたけれど、それもこれまで頑張ってきた甲斐あって極々少なくなっていた。


 数日後の夕方。

 私は自分の部屋のデスクに向かい、センター数学の追い込みをしていた。


(角の二等分線の定理はAB:AC=BD:CD

 中線定理はa^2 + b^2 = 2(x^2 + f^2)

 だけど、a^2 x + b^2 y = c(f^2 + xy)
 こっちを覚えとけば中点じゃなくても最悪なんとかなるな。

 余弦定理はa = b cosC + c cosB
 からのa^2 = b^2 + c^2 - 2bc cosA

 うん、図形は大体なんとかなるな。あ、裏技公式も見とこ)


 参考書に手を伸ばした時、不意にベッドヘッドに置かれたスマホからお気に入りの曲が流れた。
 立ち上がって画面を覗き込む。


「!!」

 ディスプレイに映し出された文字に慌ててそれを手に取った。


「もしもし先生!?」


 まだ学校にいる時間なのに先生が電話してくるなんて…
 夜璃子さんの容態が変わったのかもしれない。


 快報か、はたまた─


「南条、夜璃子が」


(やっぱり…)

 嫌な心悸。ただでさえ冷たい指先が更に冷え、掌に冷たい汗が浮かぶ感触がする。



「目を覚ました」

「!!」


 あぁ、あぁ…


 力が抜けて、床にへたり込む。
 眼の奥がふわっと熱くなり、眼の前で硝子が砕けたみたいに瞳に映る全てのものがキラキラと瞬きながら零れ落ちてゆく。


 あぁ、夜璃子さんはやっぱり美しくて、強い。

 良かった…

 夜璃子さんは先生が信じた通り帰ってきてくれた…


「夜璃子な、目を覚まして開口一番お前のこと言ったらしいぞ」

「え…」

「「舞奈ちゃんが入試でうちに泊まりに来るから帰らなきゃ」って」


(夜璃子さん…!!)


 既に涙に歪む景色が、遂にはホワイトアウトした。

 こんな生死に関わる時に、私のことなんて気にかけてくれた─


『会える日を待ってます』


「よ…りこさ…」


 夜璃子さんの温かさが遠い東京からでも伝わってくるみたいで、私はスマホを握り締めたまま泣き崩れた。


「泣くなよ、生き返ったんだからさ」


 電話口で声を上げて泣く私に言った先生の声は優しくて、久しぶりにいつもの先生の穏やかな声だった。

        *   *   *
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