星降る夜はその腕の中で─「先生…私のこと、好きですか?」
 私の答えを聞くと先生ははぁぁーと大きく息を吐きながらテーブルにしなだれ掛かった。


「病院に逢いに行った時つい思いっ切り口説いちゃったからね、今更何言ってんのって感じなんだけど。
 それでもめちゃめちゃ緊張した…」

「ふふっ」

 いつになく眉を下げて綺麗な顔をくしゃっと崩す先生に、私も泣き笑いする。


「先生、可愛い」

「まだそれ言うか?」

「可愛くて好き」

「っ…」


 鳶色の瞳が見開かれると、たちまち先生の頬が紅くなる。

「ぁ…」

 何か言おうと口を開きかけて、思い直したように止めると、困惑した瞳と左の掌を何か押し殺すみたいにぎゅっと閉じた。
 深い溜め息をひとつ。ゆっくり眼を開けると困ったような表情で髪をくしゃくしゃと掻き乱して言う。


「あのね…朝からそういうこと言わないで」

「え?」

「仕事に行こうっていう気概が失せる…」


(えっ!?)

 なんで…?


 先生が左手首の腕時計にちらっと眼を遣る。そしてもう一度小さく溜め息を吐いた。


「本当はもっと一緒にいたいんだけど。ごめん、行かなきゃならないな」

「あ…うん」

(もうそんな時間だったんだ)


 先生が空になったカフェモカのカップをトレーに乗せて立ち上がる。

(私だってもっと一緒にいたい…)

 少し心残りなまま私はその後を追う。


 トレーを返却口に置くと先生はその手で私の手を取った。


(あ…)


 絡まる指と指。こうして触れ合うのは初めてじゃないのに、今日はどこか新鮮で、気恥ずかしくて、嬉しくなる。
< 303 / 316 >

この作品をシェア

pagetop