星降る夜はその腕の中で─「先生…私のこと、好きですか?」

「南条君」

 張りのあるヤマセンの声が応接室に響く。

 厳しいながらも生徒思いな指導で、時々オヤジギャグを言ってみたりするところも生徒から人気のヤマセンだけど、今日は酷く難しい顔をしている。


「今日はまず…君に訊きたいことがあるんだけどね…」

 ヤマセンが苦虫を噛み潰したような表情で、何か言いにくそうに口を一文字に結ぶ。


「単刀直入に言います」

 口籠ったヤマセンに代わり岩瀬が言った。
 こちらの難しい顔はいつも通りだ。


「あなたと初原先生の関係について伺います」


「へっ!?」


 先生との関係─?


「夏休みに初原先生に会いましたね?」


 図書館に行ったこと…?


 先生の方に眼を遣る。

 一瞬視線が交わり、直ぐに先生が眼を伏せた。


 先生…
 私、何て応えるのが正解…?


「…はい」


 嘘を吐いてもきっとバレてしまう。私は正直に応えることに決めた。
 悪いことをしているわけじゃない。


 私の応えを聞いて岩瀬が続ける。



「その時校庭で初原先生と抱き合っていたというのは本当ですか?」


「え…」



 そうだ。


『南条のために力になりたい』


 先生の言葉に泣いてしまった私を先生が抱き締めてくれた。

 広く、熱く、力強い先生の胸の中、寂しさも辛さも吐き出すように思い切り泣かせてくれた。

 蝉時雨の熱い夏の昼下がり─


(そのことか…)


 夏休みとは言え普通に昼休みの校内、ましてや屋外だ。誰か見ていたのだろう。

 頬が熱くなる。

 と同時に掌に冷や汗が滲むのを感じる。


 応えに窮して俯くと、

「どうなんですか?」

と岩瀬の鋭い声が畳み掛ける。


「ですからその件は…」


 見かねた先生が口を開く。けれど、


「南条さんに聞いているんです。」


と、岩瀬がぴしゃりと跳ね除けた。


「どうなんですか?」

 岩瀬がもう一度尋ねる。


(これって…)


 私の応え次第では、私はともかく、先生が学校に居られなくなってしまうかもしれない…?


 どうしよう…


 膝の上で重ねた両手を握りしめる。痛いくらいに。


 あの時の私には下心がなかった、とは言えないと思う。

 先生が好きだった。だからああやって甘えてその心地好さに溺れていた。


 でも相手は『先生』だし、場所は学校だし。
 今思えばなんて考えなしな行動だったんだろう。

 私の理性的でない振る舞いのために先生に迷惑をかけてしまう…


 なんてことをしてしまったんだろう…
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