星降る夜はその腕の中で─「先生…私のこと、好きですか?」
 月日は移ろい、いつしか暑さも和らぎ、夕暮れが早まってきた。


「再来週から始まる三者面談の前に進路の確認をしたいので、これから呼ぶ者は今週中に放課後私のところまでくるように。
 相沢、江頭、…」

 ホームルームの最後に担任の村田が次々と生徒の名前を呼ぶ。


「南条」


 予想はしていたけど、やはり私も呼ばれる。

 村田と進路の話とか、気が重い。

 でも、逃げも隠れもできるわけじゃない。


 私は仕方なく放課後、職員室に村田を訪ねた。

 終鈴直後の職員室は生徒たちでごった返していて、案の定村田の所にも呼び出された他のクラスメイトが来ていた。
 仕方がないので、また図書室で時間を潰すことにする。


 先生に最後に逢ったあの日も、こうして図書室で手頃な本を手に取ってぱらぱら眺めたりしながら人目が少なくなるのを待っていた。

 でも今日は待つ相手が違う。
 やってることは同じなはずのに、こんなにも心持ちが違う。

 期待、ときめき、それに切なさ、そんなものが混ざったビターチョコのような甘くて苦い気持ちは今日はまるでなく、ただただ気が重い。


(そろそろ空いたかな?)


 図書室の棟を出ると、秋の初めの夕陽が校庭の木々をオレンジ色に照らして、長い影を作っていた。

 職員室のドアを開くと、先生が自分のデスクにいるのが見えた。


 ドクン…

 いつもと同じ栗色の髪、どこか可愛らしい端正な顔に、思わず心臓が大きく鼓動する。


 先生と私をつなぐものはもう何もない。
 頭では分かってる。


 でも心は…


 今もあなたが好きです─


 できることならあの夏の日みたいに私のことだけを見ていて欲しい。

 私だけを抱き締めて欲しい。


 胸の奥で叫んでいる─



 不意に先生が顔を上げ、思いがけず正面から眼が合う。


 ドクン…

 もう一度大きく鼓動する。


 でも次の瞬間には、何事もなかったみたいに先生はその無表情な視線を机の上に落とす。


 先生にとって私は過去の仕事のひとつ…


 私は誰にも気付かれないような小さな溜め息を吐いて、村田の元に向かう。
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