星降る夜はその腕の中で─「先生…私のこと、好きですか?」
 私、何言ってるんだろう…?


 思いもよらなかった言葉が自分の口から出た。言っておいて自分で驚いている。

 でも不思議と出任せを言ってる感じじゃなかった。
 自分の中にあるふわふわとした何かが、粘土細工みたいに次第に形作られていくような感じがした。


「東京の外国語大学の英語学科…」

 村田が呟き、その眼を先生に向けた。

「私の母校です。」

 先生が言う。


 村田が再び私を見る。

「親御さんは了承するのか?東京に住まなくてはならないんだぞ?」

「します!させてみせます!」


 村田が大きく溜め息を吐く。


「初原先生」

「…はい」

「南条の指導、頼みます」


(え…?)


「岩瀬先生には俺から話しておくから」

「は、はい!」

 先生が勢いよく応える。


「進路指導課に報告する都合と内申書書く都合があるから、報告だけは都度すること。いいな?」


「はいっ!!」



「ここまで毒されてたら俺の手には負えねぇよ」


 村田は最後にぼそりとそう言い残して階段を降りて行った。



 やがて村田の足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
 辺りは先生と私の呼吸と遠くに車の走る幽かな音が聞こえるだけ。

 その静けさの中、先生が口を開く。


「ごめん、南条」

「先生…」

「もう…離さないから」

「!!

先生…!」


 先生が私の両手を取る。

 先生の掌から温もりが染み込んでくる。

 私の胸のうちにあったいくつかの苦しい塊が溶かされていく。


(先生…)


 先生の視線と私のそれがぶっかった。綺麗な、熱い光を帯びた瞳。

 誰もいない静かな廊下。

 この地球上からぽっかり切り取られてしまったようなふたりきりの空間で見つめ合う。


そして…


「これから忙しくなるぞ!
 分からないところは何でも聞けよ!ビシビシ行くからな!!」


そう言って先生は頬を緩め、いたずらっぽく笑った。


「えっ!!

 はっ…はいっ!!」


 こうして私はようやく進路を決めて、そして先生の傍にいられることになった。


 先生に付いていきたい。

 先生は夜闇にたったひとつ灯る一筋の光─



 窓の外はいつの間にか暮れ、秋の風が枝葉を揺するばかりだった。

        *   *   *
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