次期社長と訳あり偽装恋愛
医務室には三十代後半ぐらいぐらいのイケメン医師が常駐しているという話は聞いていたけど、その通りだった。
名前は武島瑞希とネームプレートに書かれていた。
武さんと呼ばれた医師は、少し癖のある黒髪を自然にサイドに流し、キリッとした眉に奥二重で垂れ気味の優しい目をしている。
その優しげな目が私を捉えた。
「君はどうしたんだ?」
「えっ、あの……」
どうしたと言われても、私は立花さんに連れられて来ただけで用事がある訳ではない。
答えに困っていたら、立花さんが代わりに口を開いた。
「ちょっと彼女と話があって」
「なるほどな。仕方ない、三十分だけ時間をやる」
「武さん、ありがとう」
「ここでいかがわしいことだけはするなよ」
「する訳ないだろ。それに、三十分じゃ足りないよ」
武島さんがニヤリと意地悪げな笑みを浮かべれば、立花さんもそれに対抗する。
「そうか。じゃ、ごゆっくり」
武島さんはそう言って私の横を通り過ぎ、医務室を出ていった。
医務室の入り口に立ったまま動けずにいたら、立花さんが口を開いた。
「強引に連れてきてごめん。どうしても話がしたかったから」
「いえ」
首を左右に振った。
それより、話というのは何だろうと緊張が走る。
偽装恋愛解消の話かもしれない。
私はずっとその事に怯えていた。