次期社長と訳あり偽装恋愛
何度か深呼吸して、『ダークムーン』の木製のドアに手をかけた。
「こんばんは!」
ドアベルが鳴り、一歩足を踏み入れるとカウンターの席に三人の男性が座っていた。
その中の一人はよく知っている後ろ姿。
私は嬉々としてバーの中へ入って行った。
背後から近付いてくる気配に気づいたのか、その人は振り返って一言。
「ゲッ。梨音……」
私の姿を視界に捉えると、あからさまに嫌そうな顔をした。
ちょっと、ちょっと。
愛しの妹の顔を見てその反応はないでしょ。
「あれ?梨音は響也からここ出入り禁止って言われてなかったっけ?」
バーのカウンターの中に立っていた顎髭のバーテンダーの朔ちゃんが首を傾げる。
響也とは、私の五歳上のお兄ちゃん。
『ダークムーン』は、お酒を提供するので未成年は出入り禁止だとお兄ちゃんに言われていた。
いとこがいるんだし、お酒を飲むわけじゃないのにって反抗したんだけど、鬼は許してくれなかった。
『言うこと聞かないと親父たちにチクるぞ』なんて脅されて、渋々それを受け入れて我慢していた。
でも、今日は違う。
私は得意気な顔をしてお兄ちゃんに言い放つ。