次期社長と訳あり偽装恋愛
社長室の前に立ち、心臓が口から飛び出るんじゃないかってぐらい緊張している。
深呼吸し、社長室のドアをノックした。
社長の「どうぞ」の声に、ビクビクしながらドアを開けた。
「失礼します、企画部の河野梨音です……」
「河野梨音さん、待っていたよ。そこへ座って」
社長に促されたのは、座るのも躊躇ってしまうような高級なソファ。
私は浅く腰掛け、背筋をピンと伸ばす。
目の前には、『ラブイット』の代表取締役社長、立花和志。
立花さんのお父さんだ。
「急に呼び出してすまなかったね」
「いえ、とんでもないです」
「さて、私が君と話がしたかった理由が分かるかい?」
「あの、それは……」
喉がカラカラに乾き、声が震える。
「大体は予想がついているといったところかな。こういうことは遠回しに言うべきではないと思うから単刀直入に言うが、翔真と別れてくれないか?」
予想はしていたけど、実際に目の前で社長に言われると絶望的な気持ちになる。
「翔真がこの『ラブイット』の次期社長になるのは周知のことだとは思うが、いつまでもフラフラと遊ばせている訳にもいかないんだ」
社長は真っ直ぐに私を見つめ、厳しい口調になる。
「翔真には縁談話がある。うちの取引銀行の娘さんだ」
縁談?
立花さんにそういった存在の人がいるとは思っていなくて言葉を失う。