次期社長と訳あり偽装恋愛
「君ならそう言ってくれると思っていたよ。出来れば早めに別れて欲しい」
社長は満足そうに笑みを浮かべながら言う。
私はソファから立ち上がり、一礼する。
「失礼しました」
社長室のドアを開けて出ると秘書の亀井さんと目が合う。
いつもは冷たい目を私に向けてくるのに、今は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「悪く思わないでください。社長もいろいろと考えた末のことなので」
そう言って亀井さんは私の横を通り、社長室に入って行く。
亀井さんの言葉に答えることは出来ず、唇を噛みしめた。
私は企画部のフロアに戻ることなく、普段あまり誰も立ち寄ることのない備品庫に向かった。
薄暗くて廊下の一番奥にあり、人気が少ない。
私は備品庫の前でへたり込んだ。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
我慢していた涙がポロリとこぼれる。
別れたくないよ……。
でも、私の我がままで会社に迷惑をかけることなんて出来ない。
顔を覆って泣いていると、誰かの足音が静かな廊下に響いた。
「君、こんなところで何をしているんだい?」
その声に顔を上げると、作業服を着たしげさんが心配そうに私を見ていた。