次期社長と訳あり偽装恋愛
定時になり、片づけを済ますとバッグを手に席を立った。
「お先に失礼します」
企画部のフロアを出ると更衣室に向かい、ロッカーからコートとマフラーを手に取った。
エレベーターホールに高柳課長と立花さんの姿があり、私は足を止めた。
二人はそこで雑談していた。
「そういえば、最近は手作り弁当は食べてないらしいな」
高柳課長の言葉にドキッとする。
向こうには気づかれていないから盗み聞きしているみたいで居心地が悪いけど、二人の会話が気になることも事実だ。
「それがどうしたんだよ」
「いや、彼女ともう別れたのかと思って」
「何で弁当を食べてないだけでそんな風に思うんだ。大きなお世話だよ。それに彼女とは別れていない」
キッパリと言い放つ立花さんの言葉に心臓が締め付けられる思いがした。
「だったら喧嘩中か?」
「別に喧嘩なんてしてないよ。お前、そのミーハーなところ改善しろ。顔と言動が合ってないんだよ」
「翔真、それは失礼だろ。あ、河野さん今帰り?」
私に気づいた高柳課長が笑顔で声をかけてきた。
気まずくて逃げだしたいぐらいだ。
「はい。お疲れさまです」
「気をつけて帰りなよ。翔真、行こうか」
高柳課長はそう言って背中を向けた。
「失礼します」
私はお辞儀をして高柳課長と立花さんの横を通り過ぎる。
エレベーターのボタンを押すと、すぐにポーンという音と共にドアが開いた。