次期社長と訳あり偽装恋愛

仕事を終え、歩いて駅に向かう。
改札を抜け、電車に乗り込むと帰宅ラッシュで電車内は込み合っていた。
座席に座ることも出来ず、手摺りにつかまって電車の揺れに耐える。

毎日のこととはいえ、人の多さにウンザリする。
車通勤をしている人もいるけど、運転が得意ではないので私はしないというか怖くて出来ない。

残業したり電車を何本か遅らせたら比較的、人は多くないんだけど。
駅に電車が着き、扉が開くとようやく息苦しさから解放された。

改札を出たところで私の名前を呼ぶ声が耳に届いた。

「梨音、待って」

振り返ると、私のいとこの小林音波がいた。
大きな瞳に長い睫毛、黒色の髪の毛が肩で揺れている。

音波ちゃんは私の母親の兄の子供で、私より二歳上。
子供の頃は、親戚の集まった時に遊んでもらっていた。
最近は数ヶ月に一度会う感じ、住んでいる場所の駅が同じだからこうして偶然会うことも少なくない。

「音波ちゃんも今帰り?」

「そうなの。満員電車で疲れたわ。ねぇ、もうご飯食べた?」

「ううん、まだ。お腹ペコペコ」

「だったら一緒に食べない?」

「いいよ」

音波ちゃんに誘われ、駅近くの居酒屋に向かった。

着いたのは和風モダンなお洒落な居酒屋『和紗美』。
店内は木のぬくもりを感じる内装で、照明はやや落としている。
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