次期社長と訳あり偽装恋愛
テーブル席に座りメニューを決めると、しばらくして飲み物や料理が運ばれてきた。
「まだお兄ちゃんのバーには行かないの?」
唐突に音波ちゃんがタコの唐揚げを食べながら聞いてくる。
「あー、なんか気まずくて」
ビールの入ったグラスをじっと見つめる。
音波ちゃんのお兄さんの小林朔斗はバー『ダークムーン』で働いている。
オーナー兼バーテンダーで、私は朔ちゃんと呼んでいる。
私がバーに行かないのにはいろいろ理由があって……。
「あれから五年でしょ?お兄ちゃんも心配しているし顔見せてあげたら?絶対に喜ぶよ」
「うん、そのうちね……」
音波ちゃんも私が朔ちゃんのバーに行かなくなった理由を知っている。
私の二十歳の誕生日にバーであることをやらかして以来、足が遠のいている。
朔ちゃんには失態を見られているし、今さらどの面下げていけばいいのやらって感じなんだよね。
でも、そろそろ行ってみようかなと思ってみたりして。
「ねぇ、梨音がバーに行かないのはあのことを引きずっているから?」
「ううん、引きずってはいないよ。もう吹っ切れてるし、今は何とも思ってないから」
「じゃあ、好きな人とか出来た?」
いきなりそんなことを言われ、音波ちゃんをガン見した。
「え、もしかして出来たの?」
私の様子に音波ちゃんが目を輝かせて聞いてくる。