次期社長と訳あり偽装恋愛
「夜分遅くにすみません。河野です。今、大丈夫ですか?」
『時間は全然大丈夫だけど、どうしたの?』
穏やかな声が耳に響く。
「あの、この前の返事をしようと思って。長い間、お待たせしてしまってすみません」
緊張で心臓がバクバクと音を立てている。
本当にこの判断がいいのか分からない。
でも、何事も経験だと音波ちゃんに言われたし……。
深呼吸して気持ちを落ち着ける。
「立花さんの提案の件ですけど、よろしくお願いします」
『それは、俺の提案を受け入れてくれるってこと?』
「はい」
『よかった。じゃあ、今日から俺たちは彼氏彼女だね』
改めて彼氏、彼女という言葉を口に出されるとむず痒くなる。
提案を受け入れてしまったのだから、あとは流れに身を任せるだけだ。
「慣れてないのでご迷惑をおかけするかもしれませんけど、よろしくお願いします」
そう言いながら、向こうから見えていないのに頭を下げた。
『こちらこそよろしくね。だけど、そんなに畏まらなくていいよ。もっと気楽に考えてくれたらいいから』
立花さんはクスクス笑う。
そして、おやすみと言って電話を切った。
これから私はどうなってしまうんだろうという不安と、少しの期待が入り混じった複雑な感情が押し寄せ、その日の夜はあまりよく眠れなかった。