次期社長と訳あり偽装恋愛
「移動しなくていいよ」
「でも……」
「河野さんがどうしても移動したいっていうならするけど」
意地悪くフッと口角を上げる。
その言い方はズルい。
私はおとなしくその場に座り直し、ずっと気になっていたことを口に出した。
「あの、私なんかと一緒にいていいんですか?」
「どういうこと?」
立花さんは怪訝な表情で聞いてくる。
誕生日は自分の特別な人と過ごしたいと思うものなんじゃないのかな。
それなのに、偽装彼女の私といてもいいんだろうか。
このデートだって恋のリハビリの一環だと思うし。
「誕生日なのに、好きな人を誘わなくてよかったのかなと思って……」
尻すぼみに声が小さくなり、視線を落とした。
どうしたんだろう、自分で言った言葉なのになぜか胸がチクリと痛んだ。
「あぁ、そういうことか」
立花さんは納得したように呟いた。
「俺は君と一緒に過ごしたかった。だから、花火を見に行かないかって誘ったんだ。他の誰でもない、河野さんと」
真っ直ぐに私を見つめながら言葉を紡ぐ。
私はカァと頬が熱くなり、心臓が早鐘を打つ。
「あ、あの……」
言葉がでない。
そんな風に言われたら勘違いしてしまう。
「迷惑だった?」
「い、いえ、そんなことはないです」
私はふるふると左右に首を振った。
迷惑な訳ない。
むしろ、私と過ごしたかったと言ってもらえて不謹慎だけど喜んでしまった。