次期社長と訳あり偽装恋愛
「だ、大丈夫です。家でゆっくり休んでください」
私は立花さんの腕の中から抜け出した。
「残念、別に俺はまた泊まってもいいんだけどね」
「いえ、そういう訳にはいきません」
「まぁ冗談はさておき、熱も下がったみたいだし、あともう一息だから早く寝るように」
また冗談だったのか……。
いつも真に受けてしまう。
「帰るけど、何かあったら連絡してくれればいいから」
「はい。ありがとうございます」
「悪いけど、戸締まりだけはしてもらってもいい?」
「分かりました」
立花さんの後を追って歩いていたら、玄関近くの姿見に自分が映る。
この数日で立花さんの前でノーメイクでも普通に過ごせるようになってしまった。
身内以外の人と会うときはメイクをして少しでも綺麗に見せたいという女心はあった。
メイクをしてもそこまで顔は変わらないので問題はないといえばそうなんだけど、私の気持ちの問題だ。
それなのに、病気の時に不意打ちで家に来られてしまってはどうすることも出来ない。
立花さんは全く気にしてないみたいだし、そのことに触れられたことはないけど……。
玄関先で立花さんは振り返り「おやすみ」と言って帰っていった。
私は鍵を閉め、歯磨きをするために洗面所に向かった。