God bless you!~第12話「あたしの力、あなたの涙」
いつかのメガネに似た疎ましい視線
今日の舞台。
バンドのヤツらがリハーサルをしている。
暗幕で窓が塞がれた体育館は、昼間でも薄暗い。
ライトが消えたら、漆黒の闇だ。
仄暗さが盛り上がりに拍車を掛けるのか、誰かが意味も無く奇声を上げる。通りすがりに、誰ともなく気軽にハイタッチを求める輩も出没した。コスプレ集団が「練習っすよ!」とかで、暗闇でパレードをおっ始める。ゾンビも魔法使いも居る。その中途半端なコスプレは狙いか、それともガチなのか。
放課後、手が足りないと言うので来ていた。
だが、特に困ることがあって俺が呼ばれた訳ではない。
ただ見物して欲しい。それだけ。
年に1度の晴れ舞台。最後だから、リハーサルから力が入っている。
ただ、それだけ。
「今年もマイクにしたんだけど。どう?」
3年バンドの剣持ユミタカから訊かれた時、最初は言ってる意味が分からなかった。
「スピーカー。普通にわざわざ高い金払って借りるより、元からある性能の良いマイクで音を拾えばいんじゃね?って事で」
らしい。
正直、そういった機器の全容までは俺は分からない。
だが、剣持家が大層な資産家なのは誰もが知る所。わざわざ払う高い金とは、幾らばかりの事をいうのか。
場所の確保。金。安全性。
生徒会としては、それ以外はどうでもいいとさえ思う。
言いたくはないが、こいつらはある意味、世話の掛かるヤツらだった。
部活動のように、次の世代に引き継がれていくという団体じゃないので、情報を共有できない。だから毎年、いちいち1つ1つ、入れ替わり立ち替わり、生徒会&実行委員が質問攻めに合う。
毎年同じなのに……。
そこへ行くと、吹奏楽部・演劇部は一切合切を任せておけた。吹奏楽部に至っては〝口出しするな〟が基本姿勢だとしても、活動環境において、こちらの面倒はそれ程無い。
去年は体育館を警備しろとか言われたな。
今の所、そういう面倒は立ち上がっていない。
そこへ、剣持と同じバンド仲間の砂田がやって来た。
背後からやって来た訳だが、すぐにヤツだと分かる。とにかく異様に香水を付けるから。
「な、これでいいと思う?」
見ると、ノート1ページに出鱈目な線がいくつも引いてある。何を書いてあるのか分からない。何かの配置図?模擬店のプラン?どう眺めるのかと、引っ繰り返したり遠目で眺めたり。
「これ、何?」
「サインの練習に決まってんじゃん」
だとよ。
ため息が出た。
いんじゃね?
どうでも。
今日は塾の日だった。本当なら時間までに課題を見直したいところ。
今日はこの後生徒会で打ち合わせがあるが、報告をただただ聞くだけ。それが終われば帰れる。同時に、模試の結果が頭を離れない。いまさら頑張ってどうなる?と捨て鉢な気分も捨てきれずにいた。
逃げたいだけかもしれない。自分で分かっているけど。
「あたし、ハロウィン・コスするっ!誰かとんがり帽子持ってない?」
「パリピ上等!オレ、パッションカラーのウィッグにすんぞ」
「あたしゾンビ・メイク取ったっ」
「おーさすが。もうメイクばっちりやん」
「まだしてねっつーの」
楽譜のコピー。伴奏の手配。だれかピアノ弾ける人いない?バンドの世話。配線を辿る。照明を図る。マイクスタンドを移動。何でも手伝い。そんな事まで……自分らでやってくれよ、と言いたくなる。
誰かが差し入れを持ち込むと、「おお!」「待ってたっ!」「俺、アイス!」
周囲は一斉に飛び付いた。
確か、こいつらは推薦組だな。いつだったか塾で遭遇した……いつかのメガネに似た疎ましい視線を、俺は送っていた。
「そういや沢村って、港北大受けるんだって?」
「一応」
「そしたらさ、俺ら、いつか合コンやろうぜ」
答えるまでの間、謎の沈黙が生まれた。
どう足掻いても、同じ土台に乗り切れない。
「どうだろ。俺は国立なんか無理かもしれないし」
おまえらのせいで、とは言わなかった。そこまで惨めではない。そんな事を一瞬でも考えてしまうなんて……あぁ、性格が歪んでいる。最低が過ぎる。
「なんか色々と。しんどくて」
泣き言。惨めの極み。情けないの一語に尽きる。
呟いたつもりが、意外に響いた。盛り上がっていた周囲は一瞬引いて。
どう返せば良いのか迷っている。今そんな暗い話は聞きたかねーよ、そう言ってる様にも感じた。
さっきまで、後ろに誰かが居た気がしたけど、気配はすぐ消えて……どうせ、また取るに足らない事をお願いに来た輩だろう。
……もう行く。
生徒会室に荷物を取りに来た。ついでに、実行委員と打ち合わせ報告会。これすらも何となく鬱陶しい。
文化祭の準備も大詰め。打ち合わせには、ほぼ全員が集まった。
右川は、まだ怒っている。
その証拠に、あれ以来、一切俺と目を合わせようとしない。
浅枝は、次から次へとやってくる報告と要請に応えて、フル回転。真木もくるくる回る。桂木は迫り来る試験でアタマが一杯。だからぼんやりして……は、いいけれど、阿木まで上の空なのはどういう訳だ。
さっきから、何故かずっとクリップを数えている。
思い出したようにメモに何やら書いたかと思ったら、すぐに消しゴム。消える訳が無い。消しゴムを掛けているのは、スマホ画面だ。
途中で「あ……」と気付いて、呆然。画面をしばらくジッと眺めている。
ヤバいレベルかもしれない。
一方、実行委員は元気が有り余っている。声もデカいし、態度もデカい。
「ゲーム研が、2日間こもってゲームやるって言うんですけど、そんなのアリですか?」
その女子委員は、目に付いたお菓子を一通りツマんだ。
「それでいいなら、あたしもやりたいなぁ」と呟いて2~3人に睨まれた女子委員は、「あ、うそうそ。ウソでーす」と顔色を窺って引っ込むと、取り付く島にスマホを取り出した。
「内輪ウケに留まらない事。出来るだけ外部と交流の生じる発表が望ましい、という事で」
横から、阿木が釘を差した。ぼんやりしているようで決める時は決める。
「外部と交流と言えば……2次元会は理想の交際アプローチを実演するとかで、イケメンに片っ端からアタックするらしいですけど。こういう暴走をどこまで許します?一般来場者に迷惑が掛かりませんか」
なるほど。時に、成り行きが気になる案件も出てくる。
これについては……場所、どこでも出来る。金、掛からない。安全性、何とか許容範囲。
「困るヤツが出てこないうちは、しばらく見逃してやって」と、俺は答えた。
そう言えば、同じような事が去年もあったような。同じ事を松下先輩から言われたような。
テーブルを囲んで、決まったタイムスケジュールを眺めながら、当日の段取りなどを決めて。ここまで終われば、後は任せておける。そしたら、途中の課題プリントに取り掛かろう。
結局、1年3組はどうなったのか。
あぁ、頭が痛い。
模擬店の一覧を手に取ったその時、右川が突然立ち上がった。
その存在に、誰もが気が付かない。無視するという以前に、その質量が誰のアンテナにも引っ掛からないのだ。
「聞けぇぇぇぇぇーっ!!」
奇声を発して、右川は周囲を煙に巻く。
周りの注目が自分に集まったのを確認して、「会長から1言」と前置き。
「アギング、ミノリ、沢村」と、3人を連呼。
「今日から、この3人を、生徒会室立ち入り禁止にします」
そこら辺一同は言葉を無くし、不意打ちでも喰らったみたいに、きょとん、とする。
「会長命令です」
「って、何言い出すの、おまえ」
「言った通りですけど。あたしが良いというまで、出入り禁止」
阿木も浅枝も真木も、瞬きを繰り返す。「ちょっと留守にした間に一体何が起こってるの?」と桂木も戸惑っていた。もちろん俺も。
「3人とも文化祭どころじゃないんだから、都合いいでしょ。文化祭に関しては、あたしとチャラ枝さんと、ヤサグレ真木くんだけでやりますから。実行委員さんも、それでよろしこ」
真木はとうとう〝ヤサグレ〟と異名を授かった。乙女系には全くそぐわない。いや、それどころじゃなくて。
「試験の事気にしてくれてるの?だけどそれを言ったら右川だって同じじゃん」と桂木が詰め寄る。
「気持ちは有り難いけど、文化祭を3人だけって大変じゃない?」と阿木も憂いを隠せない。
それぞれに対し右川は、「平気、平気」と軽くあしらった。
俺も阿木と同じ事を言おうとした。そこを、右川が遮って。
「これは会長の!絶対命令!ですから!」
まるでブン殴られるみたいに感じたのだが、俺の気のせいか。いや、気のせいじゃない。俺だけは睨まれている。周りにもその不穏が伝わったのか「またケンカ?」「やれやれ」と何人かは天を仰いだ。
俺には分かったぞ。
右川は、いつかの事をまだ根に持っている。俺を遠ざけるために言ってるとしか思えない。ここに出入りしないとなると、もう2度とあんな事にはなれない。あれは確かに、俺が悪い。
しかし、文化祭に限って言えば、それとこれとは話が別だ。
「おまえだって文化祭どころの余裕ないだろ。英語は完璧だと言えるのか」
「完璧じゃないけど、余裕だけはありますから~」
「立ち入り禁止って何だよ。それって会長の横暴だろ」
「横暴!?誰が!?」
やっぱりまだ怒っている。眼力がハンパない。
「会長の命令は絶対!それに従えないというなら、その時は……」
その先は言わなくても、何となく俺にも分かった。いつもの、あれ。
「議長に学校を辞めてもらいます!」
え。
辞めるの、俺?
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