God bless you!~第12話「あたしの力、あなたの涙」
3年5組。
〝Fighting Hand〟
要するに、腕相撲。
発案は黒川である。
5組は、黒川と永田に計画を任せっきりだった。
なので、こっちは開けてビックリである。
黒川が仕切るという不吉な予感に反して、大層な盛り上がりを見せた。観客は勝者を予想する賭けに参加する事ができる。それが非常にウケている。
現在の男子の連勝者は永田だ。
「へいへいへい」と周りを巻き込んで盛り上がったかと思うと、女子とだけハイタッチを交わす。
女子ではテニス部の2年生が圧倒的な強さを見せていた。
その筋肉は半端じゃない。「強いのは右腕だけなんです」と見せてくれたそれは、日に焼けて真っ黒な筋肉が盛り上がっている。
それだけあれば立派なもんだ。女子だけど俺より強いかもしれない。君を、もしもの時のリストに加えておこう。
「はいはーい♪」と無謀にも、その筋肉に右川が挑戦した。
誰も右川に賭けなかった。当たり前だ。お話にならない。
結果は、秒殺。苦笑いで幕を閉じる。
「さー、お次は因縁の対決だッ!」
永田が叫ぶと、さーさー!と俺を戦場に向けて、強引に突き出した。
永田とは今までに何度もバトルした。(やりかけた。)
またかと呆れていたら、相手側から黒川が名乗りを上げる。
「相手を間違えんな。俺だ。当然だろ。アタリマエ」
やる気満々だった。黒川も、どうも今日だけは終われないらしい。
男のプライドを賭けて、こうなったらやるしかない。
俺が勝つと賭けた人は、圧倒的だった。当たり前だ。実績が違う。
ところが、黒川が左利きと聞いて状況が一変。
「面白くねーから、沢村にハンデだッ!おまえも左でやれッ!」
永田の一言に「「「「「そだねー!」」」」」と周りも同調。
それで賭けが動いた。
結果、黒川とトントンになるという……もう普通に屈辱だ。
レフェリー担当、ノリが間に入る。〝頑張れ〟それを目と目で通じあう。
黒川と手を組んだ。こんなことでも無い限り、黒川と手を重ねる事など、2度と有り得ないだろう。
ふと、右川が側にいない事に気が付いた。こういう時ぐらい彼氏を応援しろよって。なんといっても相手は、あの黒川なんだから。
「Fight!」
ノリの合図と共に、左腕に力を込めた。
いきなり唖然とした。黒川の腕がグラついている。
これだけのチカラしか出ないの?マジで?
俺にはまだ余裕があった。しかし黒川の事だ。最初は手加減して、様子を窺っているかもしれない。
制限時間は3分。
睨み合いの駆け引きが続いた。
「さっさと落ちろ!」「負けちゃえー!」「ブッ潰せ!」次々と声が飛ぶ。
「さー、そろそろ賭けを締め切るよ!」その声で、再びBETが動いた。
「あたし、沢村先輩に」「背の高い方で」次々と、こっち側に乗っかる。
期待が過ぎると、やけに緊張感が高まってきた。
「おらセンセイ!まだSEX最中かよ。ちゃんとやれよ。アタリマエ」
「おまえこそ。1ヶ月以上誰かと、まともに続いた事あんのか」
左腕、圧力上昇。
45度まで迫った。
しかし、そこで、力を加え続けているはずの左腕がぴたりと止まる。
黒川がニヤリと笑った。
まさか、余裕なのか。
嫌な予感がした。
じわじわと左腕が起き上がる。
ヤバい……。
突然、誰かが、「のぞみちゃん!」と叫んだ。
隙ができた。俺は当然、逃さない。
黒川はその一瞬で落ちた。
大きな歓声があがる。紙コップ、雑誌、タオル、女子の髪留め、誰かのメガネ。そこら中の物という物が宙を舞う。
俺はあちこちから肩を叩かれ、頭も叩かれ、労いなのか単なるイジりなのか(?)仲間の祝福を受けた。
勝った……というか、負けなかった。しかし、危なかった。
左腕、夏に鍛えておいて本当によかった。右川の兄貴にただただ感謝!
俺に賭けたヤツらは大喜びで配当を受け取っている。
吉森先生を呼んだあの声は、右川だ。間違いない。「彼氏の応援はしないけど、ライバルの邪魔はしたようね」と阿木が呟いた。
そうとも言える。まあ許してやろう。
その後、「卑怯者!」と叫ぶ黒川を尻目に、右川と2人で逃げ出した。
右川が今1度、3組の集金所に顔を出すと言うので、俺も付いていく。
2階の階段踊り場で、バンドのやつらと出食わした。というか、遠目ですれ違った。俺に気付いたのは剣持だけだ。
意味深な目配せでスルー……と見せて、こっちに向けて親指を突き出す。ステージが上手くいった、という事かな。
余裕の笑顔だった。相変わらず、イケてんな。
今の俺に、あんな笑顔なんか出来ない。それが何となく悔しい。この悔しさをバネにして、やりたくもない勉強を続けて……って、こんなの仲間に失礼過ぎるだろ。
3階に向かう渡り廊下に差し掛かった。
「俺さ、国立受けるのやめようかと思って」
試しに右川に言ってみる。
そんなに嫌なら辞めりゃいいじゃん♪とか、いつものように出てくる事も覚悟で。それを言われたとして、俺の中でケジメがつくだろうか。
不意打ちを食らったみたいに右川は立ち止まると、
「てことは、塾辞めるの?」
「うん。多分」と答えて、「あ、いや。それは……」
急激にあの塾を手放したくないという思いに駆られる。
「え、だって国立受けないんでしょ?5教科も勉強いらないじゃん。塾は無駄でしょ」
そして先を歩く。
だよな。
当然の話だ。
そういえば、受験をやめようとは何度も考えたけど、塾をやめようと思った事はない。てゆうか、辞める自分が想像できない。
白状しよう。古屋先生を山下さんを、失いたくないのだ。
教師になると決めてからは、尚の事。国立受けないって事は、そんな将来の目標にも変化が生じる事になる訳で……そう考えたら、急に足元から落ち着かなくなった。
何となく困る。だから明日も行く。行き続ける限りは、成り行き上、要らなくなるかもしれない科目の勉強を、続ける事になって……堂々巡りだな。
「辞めろって言ってもやるでしょ。あんた、やるなって言ってもやる人じゃん。文化祭やらなくていいって言ったのに。そういうキャラって、しんどくない?」
「しんどい。今かなり」
「そういう愚か者の末路をお見せしよう♪」
1年フロアに差し掛かった右川は、突然、大声を上げた。
「テニス部だーっ!」
すると、浴衣の波多野が教室から飛び出した。
同時に、桐谷も窓から顔を出して通路の様子を窺う。
「うっそ~♪」と右川がオドけると、「もおー、止めて下さいよぉ」「ビビったぁ。ヤベヤベ」
2人はお互い睨み合って、それぞれのクラスに戻った。
だが、「あっ!OBだっ!」と再び右川が大声を上げると、びくん!と2人は身体が反応して、誰も居ない通路で構える。まるで、音に反応してゾンビの奇襲を怖れる民衆。
「はい、これが自動的スイッチです♪」
俺も同じような物……とか言ってる?
その通りだ。俺は自動的だ。
時間が来たら、体は塾に向かう。
辞めようかと迷いながらも、古屋先生から課題を出されたら、手は自動的にシャーペンを握るだろう。
もう何も見たくない。嫌だ。それでも頭の中には図形ばかりが浮かんで……今は、夢の中にまで出てくる。それを、やっぱり夢の中で、自動的に解いている。
体が勝手に動く。勝手に動くものはどうにもできない。現状これでいいのか、これからどうしようか、それを頭で考えようとしたら……イライラする。
いずれ志望校に受かろうが落ちようが、今は勝手に動くんだから。
今は、そうやって何も考えず、動くに任せていた方が楽かもしれない。
俺の、自動的スイッチ。
大きなため息と共に、体中のチカラが抜ける。
溺れかけた所に、浮き輪が飛び込んで……そんな感じだ。
思わず、倒れこむように、右川にすがりつく。
廊下では、波多野と桐谷がしゃしゃり出て、これまた自動的にケンカが始まっていた。
「最近の胸は小さ過ぎて見えないっ!ケバいっ!うるせえっ!」
「スーツが足の長さに合ってねーんだよ!3本とも切り刻んでやる!」
取っ組み合ってまで戦う2人を周りが取り囲み、止めなくていいのかと迷っている所に、剣道部の主将が割って入った。まさかこういう類いの仲裁をするとは思ってもなかったよな。きょうだい、よ。
桐谷が、なんだなんだと集まってきた野次馬の外に弾き出される。同じように弾き出された波多野が浴衣の裾に足元を取られて転びそうになると、咄嗟に桐谷がその腕を掴んだ。自動的に……。
一瞬の間が空いて……ここら辺で、そろそろ雪解けか。よしよし。
かと思いきや、波多野がプイと顔を反らした。
「おいこら。お礼とか言えよ」
「は?言ったでしょ?聞こえない?あんた耳も顔も頭も悪いの?」
「オラ!丸焼きにすんぞ!メスブタ!」
自動的に口喧嘩が始まった。もう、どうでも。
俺達も野次馬に揉まれるように弾き出された。くるくる踊るように人波に流される右川を、階段の踊り場に引っ張り上げて救い出すと、誰も居ない踊り場の死角で抱き締める。
「本当に、受けるの辞めるの?」
腕の中で、その小さな声は不安に響いた。
「辞めたい。でも辞められない」
「勉強すんの嫌になった?」
それに頷いたら、そんなに嫌なら辞めりゃいいじゃん……とか、マジで言いそうな気がする。
「嫌だけど……それでもやってしまうだろうな」
情けない。煮え切らない野郎。いつまでもグズグズすんな。
笑われるかと思った。
俺を見上げた右川は、思いのほか、優しい笑顔で。
「それは暴れてカタをつけるしかないね」
「うん」
「遠回り、お疲れ様」
「うん」
「しんどいだろうけど。ま、あんたそういうの好きだし」
「うん」って、右川の言う事にこんなに素直に頷く自分、今だかつて想像できただろうか。
だんだん周りが見えなくなってきた。
ここは生徒会室じゃないっていうのに。
身体が離れてからの方が、超・照れ臭い。
「あのさ、俺は別に、貧乏が理由で国立受ける訳じゃないから」
一応言っとくけど……と何でも無い話をブッ込んでみる。
「よしこって、金持ちなの?」
「いや違うけど。つーか、よしこ言うな」
「てことは、よしこも貧乏か。てか、沢村の父親の名前って何?」
「忘れた」
言う訳ねーだろ。恰好の脅しのネタを提供してたまるか。
ケンカすれすれのやり取りの後、勢い、俺は右川の手を取った。
通り過ぎる野次馬と入れ違いに、その場を後にする。
手をつないだ俺達は、もう何も言わなかった。
自動的に、生徒会室に向かう。
〝Fighting Hand〟
要するに、腕相撲。
発案は黒川である。
5組は、黒川と永田に計画を任せっきりだった。
なので、こっちは開けてビックリである。
黒川が仕切るという不吉な予感に反して、大層な盛り上がりを見せた。観客は勝者を予想する賭けに参加する事ができる。それが非常にウケている。
現在の男子の連勝者は永田だ。
「へいへいへい」と周りを巻き込んで盛り上がったかと思うと、女子とだけハイタッチを交わす。
女子ではテニス部の2年生が圧倒的な強さを見せていた。
その筋肉は半端じゃない。「強いのは右腕だけなんです」と見せてくれたそれは、日に焼けて真っ黒な筋肉が盛り上がっている。
それだけあれば立派なもんだ。女子だけど俺より強いかもしれない。君を、もしもの時のリストに加えておこう。
「はいはーい♪」と無謀にも、その筋肉に右川が挑戦した。
誰も右川に賭けなかった。当たり前だ。お話にならない。
結果は、秒殺。苦笑いで幕を閉じる。
「さー、お次は因縁の対決だッ!」
永田が叫ぶと、さーさー!と俺を戦場に向けて、強引に突き出した。
永田とは今までに何度もバトルした。(やりかけた。)
またかと呆れていたら、相手側から黒川が名乗りを上げる。
「相手を間違えんな。俺だ。当然だろ。アタリマエ」
やる気満々だった。黒川も、どうも今日だけは終われないらしい。
男のプライドを賭けて、こうなったらやるしかない。
俺が勝つと賭けた人は、圧倒的だった。当たり前だ。実績が違う。
ところが、黒川が左利きと聞いて状況が一変。
「面白くねーから、沢村にハンデだッ!おまえも左でやれッ!」
永田の一言に「「「「「そだねー!」」」」」と周りも同調。
それで賭けが動いた。
結果、黒川とトントンになるという……もう普通に屈辱だ。
レフェリー担当、ノリが間に入る。〝頑張れ〟それを目と目で通じあう。
黒川と手を組んだ。こんなことでも無い限り、黒川と手を重ねる事など、2度と有り得ないだろう。
ふと、右川が側にいない事に気が付いた。こういう時ぐらい彼氏を応援しろよって。なんといっても相手は、あの黒川なんだから。
「Fight!」
ノリの合図と共に、左腕に力を込めた。
いきなり唖然とした。黒川の腕がグラついている。
これだけのチカラしか出ないの?マジで?
俺にはまだ余裕があった。しかし黒川の事だ。最初は手加減して、様子を窺っているかもしれない。
制限時間は3分。
睨み合いの駆け引きが続いた。
「さっさと落ちろ!」「負けちゃえー!」「ブッ潰せ!」次々と声が飛ぶ。
「さー、そろそろ賭けを締め切るよ!」その声で、再びBETが動いた。
「あたし、沢村先輩に」「背の高い方で」次々と、こっち側に乗っかる。
期待が過ぎると、やけに緊張感が高まってきた。
「おらセンセイ!まだSEX最中かよ。ちゃんとやれよ。アタリマエ」
「おまえこそ。1ヶ月以上誰かと、まともに続いた事あんのか」
左腕、圧力上昇。
45度まで迫った。
しかし、そこで、力を加え続けているはずの左腕がぴたりと止まる。
黒川がニヤリと笑った。
まさか、余裕なのか。
嫌な予感がした。
じわじわと左腕が起き上がる。
ヤバい……。
突然、誰かが、「のぞみちゃん!」と叫んだ。
隙ができた。俺は当然、逃さない。
黒川はその一瞬で落ちた。
大きな歓声があがる。紙コップ、雑誌、タオル、女子の髪留め、誰かのメガネ。そこら中の物という物が宙を舞う。
俺はあちこちから肩を叩かれ、頭も叩かれ、労いなのか単なるイジりなのか(?)仲間の祝福を受けた。
勝った……というか、負けなかった。しかし、危なかった。
左腕、夏に鍛えておいて本当によかった。右川の兄貴にただただ感謝!
俺に賭けたヤツらは大喜びで配当を受け取っている。
吉森先生を呼んだあの声は、右川だ。間違いない。「彼氏の応援はしないけど、ライバルの邪魔はしたようね」と阿木が呟いた。
そうとも言える。まあ許してやろう。
その後、「卑怯者!」と叫ぶ黒川を尻目に、右川と2人で逃げ出した。
右川が今1度、3組の集金所に顔を出すと言うので、俺も付いていく。
2階の階段踊り場で、バンドのやつらと出食わした。というか、遠目ですれ違った。俺に気付いたのは剣持だけだ。
意味深な目配せでスルー……と見せて、こっちに向けて親指を突き出す。ステージが上手くいった、という事かな。
余裕の笑顔だった。相変わらず、イケてんな。
今の俺に、あんな笑顔なんか出来ない。それが何となく悔しい。この悔しさをバネにして、やりたくもない勉強を続けて……って、こんなの仲間に失礼過ぎるだろ。
3階に向かう渡り廊下に差し掛かった。
「俺さ、国立受けるのやめようかと思って」
試しに右川に言ってみる。
そんなに嫌なら辞めりゃいいじゃん♪とか、いつものように出てくる事も覚悟で。それを言われたとして、俺の中でケジメがつくだろうか。
不意打ちを食らったみたいに右川は立ち止まると、
「てことは、塾辞めるの?」
「うん。多分」と答えて、「あ、いや。それは……」
急激にあの塾を手放したくないという思いに駆られる。
「え、だって国立受けないんでしょ?5教科も勉強いらないじゃん。塾は無駄でしょ」
そして先を歩く。
だよな。
当然の話だ。
そういえば、受験をやめようとは何度も考えたけど、塾をやめようと思った事はない。てゆうか、辞める自分が想像できない。
白状しよう。古屋先生を山下さんを、失いたくないのだ。
教師になると決めてからは、尚の事。国立受けないって事は、そんな将来の目標にも変化が生じる事になる訳で……そう考えたら、急に足元から落ち着かなくなった。
何となく困る。だから明日も行く。行き続ける限りは、成り行き上、要らなくなるかもしれない科目の勉強を、続ける事になって……堂々巡りだな。
「辞めろって言ってもやるでしょ。あんた、やるなって言ってもやる人じゃん。文化祭やらなくていいって言ったのに。そういうキャラって、しんどくない?」
「しんどい。今かなり」
「そういう愚か者の末路をお見せしよう♪」
1年フロアに差し掛かった右川は、突然、大声を上げた。
「テニス部だーっ!」
すると、浴衣の波多野が教室から飛び出した。
同時に、桐谷も窓から顔を出して通路の様子を窺う。
「うっそ~♪」と右川がオドけると、「もおー、止めて下さいよぉ」「ビビったぁ。ヤベヤベ」
2人はお互い睨み合って、それぞれのクラスに戻った。
だが、「あっ!OBだっ!」と再び右川が大声を上げると、びくん!と2人は身体が反応して、誰も居ない通路で構える。まるで、音に反応してゾンビの奇襲を怖れる民衆。
「はい、これが自動的スイッチです♪」
俺も同じような物……とか言ってる?
その通りだ。俺は自動的だ。
時間が来たら、体は塾に向かう。
辞めようかと迷いながらも、古屋先生から課題を出されたら、手は自動的にシャーペンを握るだろう。
もう何も見たくない。嫌だ。それでも頭の中には図形ばかりが浮かんで……今は、夢の中にまで出てくる。それを、やっぱり夢の中で、自動的に解いている。
体が勝手に動く。勝手に動くものはどうにもできない。現状これでいいのか、これからどうしようか、それを頭で考えようとしたら……イライラする。
いずれ志望校に受かろうが落ちようが、今は勝手に動くんだから。
今は、そうやって何も考えず、動くに任せていた方が楽かもしれない。
俺の、自動的スイッチ。
大きなため息と共に、体中のチカラが抜ける。
溺れかけた所に、浮き輪が飛び込んで……そんな感じだ。
思わず、倒れこむように、右川にすがりつく。
廊下では、波多野と桐谷がしゃしゃり出て、これまた自動的にケンカが始まっていた。
「最近の胸は小さ過ぎて見えないっ!ケバいっ!うるせえっ!」
「スーツが足の長さに合ってねーんだよ!3本とも切り刻んでやる!」
取っ組み合ってまで戦う2人を周りが取り囲み、止めなくていいのかと迷っている所に、剣道部の主将が割って入った。まさかこういう類いの仲裁をするとは思ってもなかったよな。きょうだい、よ。
桐谷が、なんだなんだと集まってきた野次馬の外に弾き出される。同じように弾き出された波多野が浴衣の裾に足元を取られて転びそうになると、咄嗟に桐谷がその腕を掴んだ。自動的に……。
一瞬の間が空いて……ここら辺で、そろそろ雪解けか。よしよし。
かと思いきや、波多野がプイと顔を反らした。
「おいこら。お礼とか言えよ」
「は?言ったでしょ?聞こえない?あんた耳も顔も頭も悪いの?」
「オラ!丸焼きにすんぞ!メスブタ!」
自動的に口喧嘩が始まった。もう、どうでも。
俺達も野次馬に揉まれるように弾き出された。くるくる踊るように人波に流される右川を、階段の踊り場に引っ張り上げて救い出すと、誰も居ない踊り場の死角で抱き締める。
「本当に、受けるの辞めるの?」
腕の中で、その小さな声は不安に響いた。
「辞めたい。でも辞められない」
「勉強すんの嫌になった?」
それに頷いたら、そんなに嫌なら辞めりゃいいじゃん……とか、マジで言いそうな気がする。
「嫌だけど……それでもやってしまうだろうな」
情けない。煮え切らない野郎。いつまでもグズグズすんな。
笑われるかと思った。
俺を見上げた右川は、思いのほか、優しい笑顔で。
「それは暴れてカタをつけるしかないね」
「うん」
「遠回り、お疲れ様」
「うん」
「しんどいだろうけど。ま、あんたそういうの好きだし」
「うん」って、右川の言う事にこんなに素直に頷く自分、今だかつて想像できただろうか。
だんだん周りが見えなくなってきた。
ここは生徒会室じゃないっていうのに。
身体が離れてからの方が、超・照れ臭い。
「あのさ、俺は別に、貧乏が理由で国立受ける訳じゃないから」
一応言っとくけど……と何でも無い話をブッ込んでみる。
「よしこって、金持ちなの?」
「いや違うけど。つーか、よしこ言うな」
「てことは、よしこも貧乏か。てか、沢村の父親の名前って何?」
「忘れた」
言う訳ねーだろ。恰好の脅しのネタを提供してたまるか。
ケンカすれすれのやり取りの後、勢い、俺は右川の手を取った。
通り過ぎる野次馬と入れ違いに、その場を後にする。
手をつないだ俺達は、もう何も言わなかった。
自動的に、生徒会室に向かう。