God bless you!~第12話「あたしの力、あなたの涙」
「おまえら、本当落ち着いたな」
1年生のクラスは校舎の3階に位置する。一番上に6クラスが並ぶ。
3年階とはっきり違うのは廊下の人口密度の高さ。そして雑音の多さだ。
廊下の右にも左にも、グループが固まってワイワイやっている。
誰かが大音量でアニソンを掛けていたり、地味にマンガを立ち読みしたり。ゲームもダンスも自由自在。マイワールド全開のカオスである。
俺らが1年の時、ここまで騒がしくはなかった……と思うけど。
今となってはどうだったかな。
そして、月曜日の事。
昨晩は……先日の模擬試験の結果が気になって眠れない夜を過ごした。
得点になっていると思えない、あの問題。
早朝4時。そのまま朝のルーティン学習に突入。英会話。塾の課題の残り。昨日間違えた問題の方程式をもう一度復習して……塾の課題が多くて多くて、最近は夢の中でもプリントを前に唸っている。
結果、寝たのか寝ないのか。今は、次の模試でアタマが一杯で……。
そんな月曜日。
登校の1発目に、文化祭のスケジュール表が飛び込んでくる。
3組以外の1年クラスはとっくに決まっていた。
他全て、今年は舞台を使う。
模擬店は準備が大変という事もあるが、3階まであがってくるお客は少ないだろうというのが、おおよその理由らしい。去年あたりからの、先輩からカツアゲされる話を聞いて、今年はお金を扱う事はやらないように決めたとか決めないとか……それが事実なら、やるせない。そんな事を考えた。
昼休み。
『のぞみちゃんとこに寄ってから行く』という右川のラインを確認。英語アプリを聴きながら、まずは自販機で相棒を調達。右川がやって来る時間までどの課題をやろうかと、宿題のラインナップを巡らせる。
学食までの廊下を歩いている時、原田先生に捕まった。
というか平身低頭、「来い来い」と手招きされる。
「悪いな。なんだか、こじれちゃってさ。何が何だか」
困る&呆れる。2つをゴチャ混ぜにして、お互いに溜め息をつくと、「とりあえず、放課後まで待ってみます」と俺は殊勝な所を見せる。原田先生に借り1つ、という所だ。
向こうから、右川がやって来た。
途中で後輩に捕まって、何やらイジられて(?)、その右川が俺に追いついて並ぶと、
「おまえら、本当落ち着いたな」
原田先生は、俺達2人を、しみじみと眺めた。
何度も喧嘩を見られてきた先生に言われると、ちょっと照れくさい。
「やっぱデカいのとチビ助はそうなるんだな。こないだも吉森先生と」
つまり、そんな話で盛り上がったらしい。
デカいのとチビ。
その理論に何の根拠があるのか知らないが、先生の間では、そう言う事にして納得しているようだ。程々に(適当に)、原田先生を後にした。
今日はこれから、学食で右川と一緒にメシを食う。
右川も俺も、基本は弁当だ。包みを開く側から、俺は既に狙われている。
案の定、「よしこの唐揚げ、ちょーだい♪」と来て、右川の玉子と交換。
仲睦まじく、と言えるかどうか。
今、旬な芸能人。
熱いお笑い芸人。
大抵、そんな右川のバカ話を聞きながら食うのだが、これがかなりのストレス解消。話題は、途中から何故かいつもクラス女子の胸の話になって。
「ヨリコもでかいと思ったけど、最近、松倉もデカくなってさ」
「そりゃ、もとからだろ」
あの、ドラえもん体型。
「いや、あいつのは何だか作ったくさい。何か入れてるよ、あれは」
つまり、4次元ポケット。
「こないださ、アキラに、おまえはいつも先生に背中向けて失礼だとか言われてさ。頭くるよ。巨乳以外は人間じゃないと思ってるね、あのハゲ」
かなり毎日、頭に来ていると見た。いわずと知れた右川の頭だ。
(違う意味でアキラもきている。)
「胸なんて、そんなの手のひらサイズありゃ十分だろ」
と、かばうわけじゃないが、一応。
右川は、相変わらず背が低い。そして胸も無い。
俺の手のひらサイズ、たぶん足りない。それは胸なのか、それとも上着のたるみなのか、見分けがつかない。それを言ったら多分、血を見る。
メシ時だと言うのに、最近はそれに芸能人の下ネタも加わった。
誰だか知らないが、グラビアアイドルの話になり、「これ見て!ぱんつ穿いたってラインがくっきりだよ?ヤバいよ。海川が爆発だよ」すげぇすげぇと絶えず連呼する。海川とおまえは性別を越えて、一体何を見て喜んでいるのか。たまに突っ込みたくなる(というか知りたくなる)。
「どっちがいい?」と、さらなる質問責めは、そこから芸能人の二択に突入。
芳根京子と土屋太鳳は?
松岡茉優と二階堂ふみは?
池田エライザと小松菜奈は?
芳根。松岡。小松。
適当に選んではみるものの、最後あたりになると怪しくなる。
池田?実は知らない。小松なんとかも。
「おまえこそ、松潤と桜井はどっち?」と、たまに巻き返してみるが、実の所、それ位しか知らない。弟が生まれてより16年、初めて役に立った。
右川は嬉々としてジャニーズの話に湧き、俺はそれを知ったかぶりでウンウンと聞いてやる。そろそろお腹いっぱい。
よく見掛ける1年生の団体がこっちを見てドン引きしていた。
見ると、いつだったか俺に好意を持ってくれたらしき女子も居て、漏れ聞こえたのか、そんな話題に唖然としている。自分はこんな女に負けたのか。あるいは、こんな程度の低い男にイカれていたのか。どっちか。
こんな雑談は一見くだらないと見えて、実は右川を知る上で役に立つ。
「男はやっぱ顔だよ」と、己をすっかり棚に上げた発言をするかと思えば、「ありゃ駄目だ。あの顔はいざという時に逃げるタイプだ」と、俺の知り合いを指して、中々鋭い事も言う。
俺の顔はどう見えているのか。怖くて聞けない。
時に、グッと真面目な話にもなるが、それは主に勉強の話だ。
右川の受験科目は、英語、数学、小論文。それに面接が加わる。
「いいけどさ。こないだ何気なく職員室に行ったら〝高校生活で打ち込んだ事は?〟とかって、素で居る時に差し込まれちゃって。模擬面接のつもりか知らないけど、のぞみちゃん、それ止めて欲しいんですけど。みたいな」
そんなサプライズに日々頭を悩ませているようだ。
「浅野先生、元気?」
浅野ハルミさん。右川の塾の先生である。
「あのまんまだよ。美人だしキツいし。今日は2回目のPのテストだぁ。もー行きたくないっ」
「そのテスト、やってて今までどうなの」
「たまに半分くらい出来るかな。運だよね、あれはもう」
それだけでもない気がしている。
「おまえ、最近がんばってるよな」
右川は若干の動揺、そして頬を赤らめて、「まぁ、ね」と笑って見せた。
お世辞では決してない。
説教なんかしなくても、ただ信じてやればよかったんだ、と改めて思う。
困った時は、いつでも来い。
右川が、ほい!とアメをよこした。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
俺達、本当に落ち着いたな。
迷いは無い。
俺も勉強に集中しないと。
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