God bless you!~第12話「あたしの力、あなたの涙」
ちょっとドキドキも
「おまえ、もう右川とヤっちゃった?」
こういう質問は来ると予想していた。
というか、冷やかすついでに、そんな事は言われ放題だ。
5、6時間目の体育は、5組は6組と合同。
寒さが増してきた。こんな日にマラソン5キロ。受験生が風邪を引いたらどう責任とるんだ。せめて英語を聞きながら走らせてくれたら……。
「なぁ。沢村って、こないだの日曜日どうしてた?てか、9時とか。あんな時間にあそこで何やってんの?1人?うっそ。隠すなよって。小っちゃいの連れてんじゃん。え?イヌ?違げーよ。アレじゃねーのかよ」
イジってくれたのは、ついこないだ推薦が決まって、弾けたくて貯まらないという同輩の1人だ。
その連れが小っちゃいかどうかは知らない。イヌと間違えているという可能性も〝可〟です。そして結論、それは俺じゃない。
そして、俺の彼女を〝アレ〟呼ばわりが何となく許せない。
加速して、俺はさっさと先を急いだ。
追い風が味方する。冷たい風は味方と言えるかどうか。
〝ヤッたか、ヤッてないか〟
走りながら、暇なヤツが時間と体力を持て余して、こんな質問をぶつけてくる。聞くヤツのほとんどが笑い混じりで、そこだけが、歴代の元カノ(といっても2人だけ)とは違った。
単に面白がっているだけ。真面目に答える必要なんか、無い。
「あのチビ、絶対、おまえが初めてだぞ」
「さあ」
「その身長差がキビしいよな」
「さあ」
「右川の頭から突き抜けちゃうだろ」
「さんきゅ」
それぞれが勝手に頭の中でいいように遊んでいる。
ここまでは、俺の想定内であった。
だが、想定外は右川の周りで展開している。
マラソンを終えて戻ると、女子の体育の時間は、外でバレーだったようで、右川がネットの棒に抱きついて、ぐったりしているのが見えた。
「チビ太郎、なに発情してんだよッ。生理かよッ」
容赦ない永田の決め付けに、右川は、「うん。寒い。腹痛てーの」と、ぐったり。「ちょっとヤバい。トイレ行ってくる」と永田の肩を借りて立ち上がると、校舎に消えた。
否定しないという事はガチなのか。デリカシーの欠片もない。
おまえいくら何でもそれはちょっと……と呆れる。
程なくして、右川は校庭にふらふらと戻ってきた。
「つーか、教室で休めばいいだろ。上に何か着るとか」
俺が何を言っても半分ぐったり、右川は青白い顔で微笑んだ。
そこへ進藤がやって来て、「右川ぁ、これ着よ」と上着を引っ掛ける。
「カイロいる?」と渡されて、右川は「うん」と頷いて素直に温まっている。相変わらず、友達には恵まれているな。
その日の放課後だった。
「アキラが、ガンガン寄越した。これってイジメだよねぇっ!?」
愚痴モード全開。
打って変わって元気な右川である。
元気はいいが、何だか妙にイライラして見えるのは、やっぱ女子特有のアレなのか。まともに対峙したら泥沼になりそう。
「それは酷いな」「よく我慢してんな」「それは難しいかもな」と適当に相づちを打って聞き流していると、「沢村先生、何かやけに優しいね」と右川は目を丸くした。都合良く誤解されている。(それも〝可〟です。)
そこから、「友達の誰かが、誰だかと友達で……」と話題が変わった。
その誰だかが、俺には聞き覚えが無い。
3年も生徒会に関わっていると、誰よりも生徒の名前は把握できていると思っていたが、右川と話していると、その自信を失いつつある。本当に同じ学校なのかと疑いたくなる程、それだけ交わらない。
先刻のデリカシーの無さを少々戒めると、「それ!」と勢いづいた。
「デリカシーだよねー。もう、やんなるよ!」と、これまた鼻息が荒い。
俺と付き合いだした事で、「あたしも散々言われてるよ」と不満をブチ上げ始める。己のデリカシーへの反省は、どこかへ放り投げたな。
「男はどんなブスでもやれるから、右川だって平気だとか。どんなに嫌でもやらざるを得ないんだから、右川だって平気だとか。多分、沢村は目を閉じてヤるけれど、目を開けたら違う女がいてもそのまま知らない振りで最後までいくだろうってさ。ついでに、これ読んで勉強しろってさ」
と、コミックを放り投げた。
「あんたにあげる」
「読まねーよ」
「いーから!」
「だってこれ、少女マンガだろ」
ちょうど開いていた〝日本史文化年表〟をさておき、とりあえずコミックのページを開いた。
表紙だけ見ると、女子の好きそうな憧れ100%(現実味0%)の普通の少女漫画に見えるけど。
だがしかし、その中身といえば……げ。マジか。18禁とも何とも書いてないけど。カバーを見れば、小学館。ゆとり学舎より闇が深い。
「もう、一体何なの。勉強勉強ってさ。アキラもだけどっ」
「って、こんな美味しい展開があるワケないだろ。夢見過ぎ」
「って、そこ!?」
「いや、冗談」
こうでも言って気を逸らさないと、俺の方がヤバい事になる。
この内容は、俺らが親に隠れて読むソレと大差ない。その事実に、正直唖然としている。そして、ちょっとドキドキも。
「これ返しといてね」
「って、誰が寄越すの。こんなの」
「これは……誰だったかな。とにかく、あんたの周りの女子で。その1冊渡すのに大勢でやって来てさ。あたしが読んでる間、じぃぃーっと観察してんの。普段あんまり話もしたことないのに、こういう時だけ」
あいつらは全く手加減が無い。これまで、俺の仲間内では、ノリが頻繁にそのターゲットになっていた。それが今度は自分に巡ってくるのだ。
右川はプンプンしながら、誰からか貰ったというビスケットを、もぐもぐやり始めた。
今日のマラソンの時、俺も色々イジられたと、そんな話をちょっと聞かせてみる。
「それ!それそれ」と、ビスケットを吹き散らかしながら、右川も便乗。
「そればっかり。あたしも散々聞かれてんだけど」
「どうしてる?」
「当然ヤってないって、ちゃんと!言ってるからね」
「それ、マズいだろ」
「何で?」
「ヤったらヤったって、言うのかよって」
「言うわけないでしょ」
「だよな。問題はそこからだ」
右川は1点を見詰めて、俺の答えを待ち受ける。
「ヤってないと散々言ってた野郎がいきなり黙ったら……マズいんだよ」
動揺して逃げ場を失ったノリを、何度も見てきた。
それを言うと、
「てことは自信満々、ヤってないと最後まで言い続けりゃいいんだよね♪」
……そうとも言える。
「そんなのはいい加減に言っときゃいいだろ。おまえ得意だもんな」
「うん。得意かも♪」と、いい加減に返事をして、右川は、また別のビスケットの箱を開けた。
もぐもぐ。
成り行き上、いつものように俺も1つ貰って、もぐもぐ。
ていうか、そんだけ食ってんのに太らないのがおかしい。(肝心な所も。)
右川は、プラスチックの受け皿に、残ったビスケットを勢いよく広げた。
そこへ、どこからか持ち込んだ牛乳をドッサリかける。
ギョッとした。
「もうちょっと待った後のフニャフニャ加減がたまらんちーん♪」
右川は嬉々として、「特濃牛乳が最高なんだよぉ」と嬉しそうに、がさがさとプラスチックを揺らす。
それを、人としてどうやって扱うのかと疑っていたら、端から牛乳をズズーとすすり、どこからか取り出したスプーンでビスケットをザクザクと砕き、ひょいとすくって、おもむろにそれを口に運んだ。
「しりあるぅ~♪」
唖然。
ただただ、呆然。ビスケットがゴミに見えて、思わず目元を拭う。何度拭っても、鳥のエサにしか見えない。
俺は人知れず溜め息をついた。
こんな右川に、最高潮ドキドキするとか、滾ってくるとか、いつか本当にそんな日がくるんだろうか。
この時は、半信半疑だった。
それが結構、意外と早く来る。
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