Ｇod bless you！～第１２話「あたしの力、あなたの涙」
〝クソババァ〟の件
「何考えてんだ、あいつら！」
アクエリアスを机に叩き付けた。
生徒会室に戻ってきてからも、怒りが収まらない。
「まあまあ」と、右川はどこか他人事。以前の俺なら、他人事じゃないぞ！とか何とか右川に詰め寄ったかもしれないが、こいつのこういう性格はどうしようもないので言わない事にしている。
とはいえ……チビとか、バカっぽいと言われても右川はヘラヘラ笑って楽しんでいた。これで本当にバカだと周りが判断したらどうするんだ？
良い方に考えて、そんなくだらない事には一切お構いなしの大物とも取れるけど。俺は自分の事も散々言われてムッとしたが、右川の言われ様にも腹が立っている。まず先輩に向かって指を差すなんて……いったい、先輩を何だと思っているのか。
文化祭タイムスケジュールをひたすら眺めてみる。どうにもならない。
すぐに投げ出して溜め息をつく。
日本史の年表を取り出してみたものの、これも全く頭に入らない。
そこへ、右川が「ほい」とチョコレートを寄越した。
「平気だって。落ち着けってばよ。ギャーギャー言ってるのはごく一部でしょ。まともなやつらが、そのうち焦って準備始めるって」
そうかもしれない。後ろで聞いてるヤツは確かに半分呆れているようにも。
チョコレートを受け取って、口に入れた勢い、飲み込んでしまった。
げほげほ。
「ね、真木くんから何か聞いた？」
そう言えば、またあの場には居なかった。
特に深く考えもしなかったが、俺がアクエリアスをごくごくやっている間中、右川が下から様子を伺ってくる。
経験上、この様子は何かヤバい事をしでかした後と酷似している。
「何だよ。白状しろ」と脅したら、曰く。
右川はいつものように真木をド突いて遊んだらしい。
いつもだったら、びく！と反応して、止めてくださいよぉぉぉ～と喜びながら（？）バタバタする真木だが。
「いきなりマジ号泣」
つまり公衆の面前で、右川は真木を泣かせた……こっちの胸まで痛くなる。
そこへ偶然、波多野が通り掛かったらしく、「ポンコツ過ぎて、神。マジ使えねぇ。あんたは財布を置いてとっとと帰れ」と、真木に呪いの言葉を浴びせて通り過ぎた。
「あたしのちょっかいが誤解させちゃったみたい。すまねぇ」
「っていうか、それ。ちょっかいじゃなくてパワハラじゃねーか。俺じゃなくて真木に謝れよ」
「謝ったよ。けど泣くのに必死で、たぶん耳に届いてないっていうか」
だから、俺から謝れと？
ため息が出た。聞いてるだけで、こっちも荒れたくなる、なう。
最近の真木がおかしいのは、そんなクラス事情が関係していると、俺と右川の間で意見が一致した。
先日の〝クソババァ〟の件。ここで言って聞かせていると、
「あーそれ！聞いた！」
右川は口元からクッキーの粉を飛ばしながら、「真木くんがね。ケンカはやめようってクラスで仲裁に入ったらしいんだよね。そしたら、おまえんとこのクソババァは飯が不味いって、女子に一撃喰らって」
……撃沈。
俺は切ない。外に向かってキレた事など、真木は恐らく無いだろう。自己主張に慣れていない真木は言いたい事を我慢して、その凶器の刃を自らに打ち込んでいるのだ。それで、荒れ狂う。
「あいつら、何だって、あんなになってんだろうな」
誤解が誤解を呼ぶというのはこういう事かと、苦虫を噛み潰した。自分の事で言えば、志望校を変えた事は２人は別れたと判断され、酔っ払いと戦った後の生傷絆創膏が、重森の戦利品に取って変わり。
「男子と女子が対立なんて、なんか小学生みたい。あたしの中学ん時も似たような事あったけど、そん時は３年が入って力でなんとか、だった」
「俺は、それはできない」
波多野の言葉が頭によぎる。俺は確かにケンカは弱いと思う。
する気がない。したくない。全然勝てる自信もない。こないだの酔っ払いは、誰かが途中で、酔っ払いを抑えてくれたからよかったが、あのままやられてたら正直あの程度の傷ですんだかどうか怪しい。
あれはケンカとは言わない。向こう言いがかり上の一方的な攻撃である。
これ以上の被害を避けたいという本能が働いて、悪くも無いのに、こっちは最初から最後まで平謝りだった。
同級生は当たり前。後輩でも我体のいいヤツが来たら多分、のされて終わる。昔から身長だけはあったから、それだけで強そうに見られてしまった。
「そんな痛いこと止めよ。もうみんな大人なんだからさ。スマートにさ」
「そうだよな」
不甲斐ない、男なら戦え、と喝を入れられると思っていたけど、それは杞憂に終わった。
もし万が一そうなったら、柔道部、剣道部、レスリング、総出で出陣しよう。作戦部長として、右川も入れておこう。人脈だけはあるゾ。
「そういえばさ……あれ、付けてる？」
時々、思い出したように訊いてみる。
右川は、今度は飴をポン！と口に放りこんで、
「付けてるよ。だぁーって、彼氏の沢村クンから貰ったんだからさ♪」
そういって首周りに手を入れた。
その時だった。
首まわりを探る間、右川の襟元が手の動きに合わせて大きく開く。
右川が、「ほら」とペンダントを出して見せてくれたのだが、俺にはそれが目に入らない。
真横にいた俺から見えたのは、右川の鎖骨から肩のあたり、その向こう先の下着の線まで。
思い出したように、日本史の年表を取り上げる。
何か違う気がして、文化祭のタイムスケジュールを眺める。
予測違いの彼氏の反応に、右川は煙に巻かれる。ペンダントをつまんだまま、途方に暮れていた。
スマホ。塾の課題の続き。俺は１つ１つを取り上げた。どれも違う。
瞬きすら忘れて、俺は身の置き所に迷っている。
押し殺す。気を反らす。押さえ付ける。込み上げて、もう手に負えない。
思わず立ち上がったら、突然現れた壁に驚いたのか、右川は目を見張る。
その腕を掴んで、俺は右川を強引に立たせた。
驚いてぽかんとしたままの右川を壁に押し付けると、その唇を求めた。
砂糖の香り、口元が甘い。チョコレートとも違う。
左腕を掴んだ時、右川がちょっと痛そうな声を上げる。まだ傷が残っていたのかもしれない。左腕をゆっくり離して、俺の手はその首筋に迫った。
鎖骨の硬さ、喉元の匂い、右川に実在する非日常を指と唇で、同時に探る。
光る石のペンダント。
そこを越えて胸元に顔を埋めた。
「ごめん、ちょっとだけ」
アクエリアスを机に叩き付けた。
生徒会室に戻ってきてからも、怒りが収まらない。
「まあまあ」と、右川はどこか他人事。以前の俺なら、他人事じゃないぞ！とか何とか右川に詰め寄ったかもしれないが、こいつのこういう性格はどうしようもないので言わない事にしている。
とはいえ……チビとか、バカっぽいと言われても右川はヘラヘラ笑って楽しんでいた。これで本当にバカだと周りが判断したらどうするんだ？
良い方に考えて、そんなくだらない事には一切お構いなしの大物とも取れるけど。俺は自分の事も散々言われてムッとしたが、右川の言われ様にも腹が立っている。まず先輩に向かって指を差すなんて……いったい、先輩を何だと思っているのか。
文化祭タイムスケジュールをひたすら眺めてみる。どうにもならない。
すぐに投げ出して溜め息をつく。
日本史の年表を取り出してみたものの、これも全く頭に入らない。
そこへ、右川が「ほい」とチョコレートを寄越した。
「平気だって。落ち着けってばよ。ギャーギャー言ってるのはごく一部でしょ。まともなやつらが、そのうち焦って準備始めるって」
そうかもしれない。後ろで聞いてるヤツは確かに半分呆れているようにも。
チョコレートを受け取って、口に入れた勢い、飲み込んでしまった。
げほげほ。
「ね、真木くんから何か聞いた？」
そう言えば、またあの場には居なかった。
特に深く考えもしなかったが、俺がアクエリアスをごくごくやっている間中、右川が下から様子を伺ってくる。
経験上、この様子は何かヤバい事をしでかした後と酷似している。
「何だよ。白状しろ」と脅したら、曰く。
右川はいつものように真木をド突いて遊んだらしい。
いつもだったら、びく！と反応して、止めてくださいよぉぉぉ～と喜びながら（？）バタバタする真木だが。
「いきなりマジ号泣」
つまり公衆の面前で、右川は真木を泣かせた……こっちの胸まで痛くなる。
そこへ偶然、波多野が通り掛かったらしく、「ポンコツ過ぎて、神。マジ使えねぇ。あんたは財布を置いてとっとと帰れ」と、真木に呪いの言葉を浴びせて通り過ぎた。
「あたしのちょっかいが誤解させちゃったみたい。すまねぇ」
「っていうか、それ。ちょっかいじゃなくてパワハラじゃねーか。俺じゃなくて真木に謝れよ」
「謝ったよ。けど泣くのに必死で、たぶん耳に届いてないっていうか」
だから、俺から謝れと？
ため息が出た。聞いてるだけで、こっちも荒れたくなる、なう。
最近の真木がおかしいのは、そんなクラス事情が関係していると、俺と右川の間で意見が一致した。
先日の〝クソババァ〟の件。ここで言って聞かせていると、
「あーそれ！聞いた！」
右川は口元からクッキーの粉を飛ばしながら、「真木くんがね。ケンカはやめようってクラスで仲裁に入ったらしいんだよね。そしたら、おまえんとこのクソババァは飯が不味いって、女子に一撃喰らって」
……撃沈。
俺は切ない。外に向かってキレた事など、真木は恐らく無いだろう。自己主張に慣れていない真木は言いたい事を我慢して、その凶器の刃を自らに打ち込んでいるのだ。それで、荒れ狂う。
「あいつら、何だって、あんなになってんだろうな」
誤解が誤解を呼ぶというのはこういう事かと、苦虫を噛み潰した。自分の事で言えば、志望校を変えた事は２人は別れたと判断され、酔っ払いと戦った後の生傷絆創膏が、重森の戦利品に取って変わり。
「男子と女子が対立なんて、なんか小学生みたい。あたしの中学ん時も似たような事あったけど、そん時は３年が入って力でなんとか、だった」
「俺は、それはできない」
波多野の言葉が頭によぎる。俺は確かにケンカは弱いと思う。
する気がない。したくない。全然勝てる自信もない。こないだの酔っ払いは、誰かが途中で、酔っ払いを抑えてくれたからよかったが、あのままやられてたら正直あの程度の傷ですんだかどうか怪しい。
あれはケンカとは言わない。向こう言いがかり上の一方的な攻撃である。
これ以上の被害を避けたいという本能が働いて、悪くも無いのに、こっちは最初から最後まで平謝りだった。
同級生は当たり前。後輩でも我体のいいヤツが来たら多分、のされて終わる。昔から身長だけはあったから、それだけで強そうに見られてしまった。
「そんな痛いこと止めよ。もうみんな大人なんだからさ。スマートにさ」
「そうだよな」
不甲斐ない、男なら戦え、と喝を入れられると思っていたけど、それは杞憂に終わった。
もし万が一そうなったら、柔道部、剣道部、レスリング、総出で出陣しよう。作戦部長として、右川も入れておこう。人脈だけはあるゾ。
「そういえばさ……あれ、付けてる？」
時々、思い出したように訊いてみる。
右川は、今度は飴をポン！と口に放りこんで、
「付けてるよ。だぁーって、彼氏の沢村クンから貰ったんだからさ♪」
そういって首周りに手を入れた。
その時だった。
首まわりを探る間、右川の襟元が手の動きに合わせて大きく開く。
右川が、「ほら」とペンダントを出して見せてくれたのだが、俺にはそれが目に入らない。
真横にいた俺から見えたのは、右川の鎖骨から肩のあたり、その向こう先の下着の線まで。
思い出したように、日本史の年表を取り上げる。
何か違う気がして、文化祭のタイムスケジュールを眺める。
予測違いの彼氏の反応に、右川は煙に巻かれる。ペンダントをつまんだまま、途方に暮れていた。
スマホ。塾の課題の続き。俺は１つ１つを取り上げた。どれも違う。
瞬きすら忘れて、俺は身の置き所に迷っている。
押し殺す。気を反らす。押さえ付ける。込み上げて、もう手に負えない。
思わず立ち上がったら、突然現れた壁に驚いたのか、右川は目を見張る。
その腕を掴んで、俺は右川を強引に立たせた。
驚いてぽかんとしたままの右川を壁に押し付けると、その唇を求めた。
砂糖の香り、口元が甘い。チョコレートとも違う。
左腕を掴んだ時、右川がちょっと痛そうな声を上げる。まだ傷が残っていたのかもしれない。左腕をゆっくり離して、俺の手はその首筋に迫った。
鎖骨の硬さ、喉元の匂い、右川に実在する非日常を指と唇で、同時に探る。
光る石のペンダント。
そこを越えて胸元に顔を埋めた。
「ごめん、ちょっとだけ」
