御曹司様の求愛から逃れられません!
触れるだけのものならいいだろう、そんな言い訳を自分にしていたのだが、彼の舌が唇の継ぎ目をなぞり始め、隙間から入り込んでくる。

それでも、これはあくまでキスだから、キスだけはいいって言っちゃったから、とまだ心の中で言い訳を続けるしかなかった。

「……可愛い、真夏……」

「……ん、あやと、さん……」

絢人さんは欲しいと思ったものは何でも手に入れられる人だった。それがなぜか今ならよく分かる。
すべてが彼の思い通り。最後は誰も、彼の決めたことには抗えないからだ。

貪るようなキスに変わり、体勢も徐々に前屈みになって迫ってくる。私はそれを受け止めるだけで精一杯だった。もう何も考えられない……。

支えがきかず、私が絢人さんの背にしがみつこうと手を浮かせたところで、彼は突然キスをやめた。
ポケットから携帯電話を出して、画面をタップしている。

「……絢人さん……?」

「タクシー来たみたいだな」

「……あ」

そうだった。こんな場所でキスが始まったのは、そもそもタクシーを待つ間の時間を埋めるためだった。
私ったら、何をその気になってたんだか……。
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