御曹司様の求愛から逃れられません!
絢人さんはこっちを向いてくれない。樫木さんを睨んだまま、ぎゅうぎゅう力を入れて抱き締めてくるだけ。

「樫木。もう帰れ」

「あの、志岐本部長……!」

「今すぐ、俺の前から消えろ」

樫木さんはポーカーフェイスが限界だったのか、唇を縛ったあとで、持っていた私の家の鍵を絢人さんに手渡すと、大きく頭を下げ、急いでこの場を立ち去っていく。
悲しそうな背中はすぐに暗闇の向こうに消えていった。

「……絢人さん……あんなに怒らなくても……」

彼は私の言葉には反応してくれない。人の家の鍵を勝手に挿し込み、玄関を引き開けた。

彼は中に入って鍵を閉めると、少し乱暴に私の体を持ち上げる。恥ずかしさと恐怖でジタバタと抵抗するが、絢人さんは構わずこのまま私をベッドへと運んでいった。

「は、離してください……!」

そう叫ぶと、私はベッドの上にゴロンと放り出された。地味な抵抗だったが体力を失い、お酒のせいもあって息は掠れるくらいに上がっていた。
仰向けのまま起き上がろうと試みたが、その上に絢人さんの体がよじ登ってくる。

「あ、絢人さんっ……?」

窓の月明かりだけの薄暗い部屋の中、彼は真っ黒な瞳で私を見下ろしてきた。
絢人さん、私にも何か怒ってるの……?
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