三十路のサダメ~星屑古書堂と恋~
第一章「恋/渡辺温」
青年は礼儀正しく「店主の岡本 郁也(おかもと いくや)と申します。」と自己紹介した。
「あ、どうも…えっと早坂美弥子です。」
ぎこちなく自己紹介し返すと、郁也はにっこりと微笑み返した。
その笑顔のあまりの美しさに私はくらりと眩暈を覚える。
どうしたらこんなに美しい容姿が出来上がるのだろうか。
まるで精巧に作られた人形のようだ。
光輝く瞳は形よく、鼻は高く、少し薄い唇がセクシーだった。
髪の毛はセットしていないが、さらりと流れるような黒髪は艶やかで、かえって清潔な印象がある。
「カルテ記入し終わったようですね。拝見してもよろしいですか?」
「あ、は、はい」
しどろもどろになりながらも、質問事項を全て答えた用紙を手渡す。
郁也はしばらく吟味するようにその用紙を見ていたが、やがて店の中へと歩き出すと、一冊の文庫本を持っていた。
グレーの表紙に、黒い模様の装丁で、「アンドロギュノスの裔」とタイトルが書いてある。
そんなに古い本ではなさそうだ。
「こちらなど、いかがでしょう?お客様の好みの傾向から言うと、収録作品の『恋』などおすすめです。」
ぱらぱらとめくってみるとどうやら短編集のようだ。
「それぞれが短い作品集ですので、少しならお試しで読んでいってくださって構いません。」
お言葉に甘える事にした。
収録作品の「恋」を読み終わった時にはすっかり頬が紅潮していた。
なんてロマンチックな作品なのだろう。
最初から最後までドキドキしながら読んでしまった。これが昔の小説だとは到底思えない。
「お気に召しましたか?」
「ええ。これ買うわ、おいくら?」
「星屑古書堂ではお客様にお値段をつけてもらっています。お気に入りになった方は高額をつけて、あまりお気に召さなかった方は安値でご購入されていきます。全てはお客様の采配の下に…。」
そういって目を伏せた郁也に少し憂いの色が帯びたのが見えた。
きっとそんな商売をしていたらいくらでも安値で買い叩かれるに違いない。
生活は成り立っているんだろうか。そんな事まで考えてしまう。
「あの、郁也さん。」
「はい」
「この恋って作品、私ほんとに気に入ったの。だってこんなロマンチックで運命的な恋私だってしてみたいもの。それに私も、主人公と同じで…ちょっとした歳だしね。」
最後はなんとなく誤魔化した。
だが郁也はそこに突っ込むことなくさらりと「そうですか、それはよかったです。」と微笑んだ。
「文学って私今まであまり触れてこなかったんだけど、この渡辺温さんの文章とっても読みやすい。だから…」
私は少し色をつけた値段を提示すると、郁也は「ではそのお値段で。ご購入ありがとうございます。」と言いながらレジに値段を打ち込んでいく。
本当にいいんだろうか。古書の相場なんてわからない。
適当に値段をつけたけどケチくさいと思われていないだろうか。
郁也は紺色に星を散りばめたお洒落な柄の袋にその文庫本を詰めると「こちら商品になります。」と丁寧に差し出した。
「あ、ありがとう。」
「いえいえ、こちらこそお買い上げありがとうございます。」
私はそこでなんとなく立ち止まってしまう。
郁也との出会いをただの店員と客で終わらせたくない、と図々しい考えが浮かんでしまったのだ。
きっと「恋」を読んだ後で少し熱に浮かされているのかもしれない。
「あの、郁也さん。私とあなたが出会えたのは、偶然なんだろうけど…その…これも何かの縁だから」
私はそこで言葉を区切ると必死で二の句を考えた。
何て言おう。逆ナンだと思われているだろうか。
すると郁也が先に言葉を繋いだ。
「はい。美弥子さんと僕が出会えたのはもちろん縁に拠る所だと思います。よかったらまた来ていただけると嬉しいです。」
「…っはい!」
どことなくくだけた口調に少しほっとする。
私は「恋」の主人公と違って女優でもなんでもないし、目の前の青年をどぎまぎもさせられないけど、彼と出会えたのだから私の勝ちだ。
一体何と勝負しているのか自分でもわからなかったが。
何度も会釈して店を後にする。
そしてしばらく進んでから夜空に向かってぐっと拳を突き上げた。
「よっし!いつか彼を落とすわよ!」
威勢よく声を張り上げると本当に郁也と結ばれる未来が見える気がした。
「あ、どうも…えっと早坂美弥子です。」
ぎこちなく自己紹介し返すと、郁也はにっこりと微笑み返した。
その笑顔のあまりの美しさに私はくらりと眩暈を覚える。
どうしたらこんなに美しい容姿が出来上がるのだろうか。
まるで精巧に作られた人形のようだ。
光輝く瞳は形よく、鼻は高く、少し薄い唇がセクシーだった。
髪の毛はセットしていないが、さらりと流れるような黒髪は艶やかで、かえって清潔な印象がある。
「カルテ記入し終わったようですね。拝見してもよろしいですか?」
「あ、は、はい」
しどろもどろになりながらも、質問事項を全て答えた用紙を手渡す。
郁也はしばらく吟味するようにその用紙を見ていたが、やがて店の中へと歩き出すと、一冊の文庫本を持っていた。
グレーの表紙に、黒い模様の装丁で、「アンドロギュノスの裔」とタイトルが書いてある。
そんなに古い本ではなさそうだ。
「こちらなど、いかがでしょう?お客様の好みの傾向から言うと、収録作品の『恋』などおすすめです。」
ぱらぱらとめくってみるとどうやら短編集のようだ。
「それぞれが短い作品集ですので、少しならお試しで読んでいってくださって構いません。」
お言葉に甘える事にした。
収録作品の「恋」を読み終わった時にはすっかり頬が紅潮していた。
なんてロマンチックな作品なのだろう。
最初から最後までドキドキしながら読んでしまった。これが昔の小説だとは到底思えない。
「お気に召しましたか?」
「ええ。これ買うわ、おいくら?」
「星屑古書堂ではお客様にお値段をつけてもらっています。お気に入りになった方は高額をつけて、あまりお気に召さなかった方は安値でご購入されていきます。全てはお客様の采配の下に…。」
そういって目を伏せた郁也に少し憂いの色が帯びたのが見えた。
きっとそんな商売をしていたらいくらでも安値で買い叩かれるに違いない。
生活は成り立っているんだろうか。そんな事まで考えてしまう。
「あの、郁也さん。」
「はい」
「この恋って作品、私ほんとに気に入ったの。だってこんなロマンチックで運命的な恋私だってしてみたいもの。それに私も、主人公と同じで…ちょっとした歳だしね。」
最後はなんとなく誤魔化した。
だが郁也はそこに突っ込むことなくさらりと「そうですか、それはよかったです。」と微笑んだ。
「文学って私今まであまり触れてこなかったんだけど、この渡辺温さんの文章とっても読みやすい。だから…」
私は少し色をつけた値段を提示すると、郁也は「ではそのお値段で。ご購入ありがとうございます。」と言いながらレジに値段を打ち込んでいく。
本当にいいんだろうか。古書の相場なんてわからない。
適当に値段をつけたけどケチくさいと思われていないだろうか。
郁也は紺色に星を散りばめたお洒落な柄の袋にその文庫本を詰めると「こちら商品になります。」と丁寧に差し出した。
「あ、ありがとう。」
「いえいえ、こちらこそお買い上げありがとうございます。」
私はそこでなんとなく立ち止まってしまう。
郁也との出会いをただの店員と客で終わらせたくない、と図々しい考えが浮かんでしまったのだ。
きっと「恋」を読んだ後で少し熱に浮かされているのかもしれない。
「あの、郁也さん。私とあなたが出会えたのは、偶然なんだろうけど…その…これも何かの縁だから」
私はそこで言葉を区切ると必死で二の句を考えた。
何て言おう。逆ナンだと思われているだろうか。
すると郁也が先に言葉を繋いだ。
「はい。美弥子さんと僕が出会えたのはもちろん縁に拠る所だと思います。よかったらまた来ていただけると嬉しいです。」
「…っはい!」
どことなくくだけた口調に少しほっとする。
私は「恋」の主人公と違って女優でもなんでもないし、目の前の青年をどぎまぎもさせられないけど、彼と出会えたのだから私の勝ちだ。
一体何と勝負しているのか自分でもわからなかったが。
何度も会釈して店を後にする。
そしてしばらく進んでから夜空に向かってぐっと拳を突き上げた。
「よっし!いつか彼を落とすわよ!」
威勢よく声を張り上げると本当に郁也と結ばれる未来が見える気がした。