優大くんの言動はマシュマロみたいに甘くて軽い。

「朝から頑張ってましたもんね」
「やっぱ蕾、俺のために描いてよ。引越しの餞別」
「じゅ、受験生なので無理です!」

 まるで鉛筆やシャーペンを貸してと言われたようで、固まる。
「だよなあ。これでいいよ」


彼は胸に絵を抱き込むと、顎を乗せる。

「水彩画の匂いってへんなの。野生の匂いがする」
「ど、どんな匂いですか」
「あら、ここにいたの!」

美術室の入り口に、飯島先生が顔を出す。
中を見て、陣之内くんがいるのを驚いていた。

「駄目じゃない。織田先生がカンカンよ」
「まじかよ。じゃあもう今日はいいよ。帰る」
「あ、こら、陣之内くん」


後ろのドアから、私の絵を持ったまま彼が逃げていく。
けれど先生は、呆れたようにため息を吐くだけで追いかけようとはしなかった。

「あの子も荒れてるわねえ。受験前に転校だから可哀想だしね」
「先生……」
「部長には渡したけど、貴方にこれを渡さないとッて思ってね」

先生はポニーテールを揺らしながら、教卓に置いていた段ボールをわざわざ私に手渡してくれた。

両手で持てるぐらいの薄い段ボールだったけれど、中身は意外と重たかった。
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