【甘すぎ危険】エリート外科医と極上ふたり暮らし
おんぼろアパートと超高級マンション
「お疲れ様でした」
「蘭子、また明日ね~」

乙葉さんや他のスタッフに手を振り自転車に乗ると、わたしは駐輪場をさっそうと飛び出した。

わたしの住むアパートは坂を下った少し先にある。行きは長い上り坂のせいで二十分は掛かる道のりも、帰りは坂を一気に下り十分ほどでアパートに到着する。

普段の仕事終わりは町の小さなスーパーに寄って夕飯の食材を買うところを、今晩は昨日作ったカレーを食べるからとまっすぐ家路についた。

「一晩寝かしたカレーって美味しいんだよね~」

ホクホク顔でアパートの近くまで来ると目の前に人だかりができていて、自転車から降りた。辺りにはパトカーや消防車両も停まっている。

「何かあったんですか?」

何事があったのかと集まっていた人に声をかけ、戻ってきた一言に言葉を失った。

「そこのアパートで火事があったみたいよ」

そこのアパート──この辺りにアパートと言ったら、わたしが住むアパートしかない。

嘘でしょ……。

呆然と立ち尽くすわたしの目に、大家である磐田さんの姿が目に映る。慌てて駆け寄ると、彼の腕をガシッと掴んだ。

「磐田さん、火事って!」

築四十年は経っていそうなおんぼろアパートだが、わたしにとっては心休まる唯一の場所。荷物は多くないけれど、母との大切な思い出の品もあったのにと項垂れた。


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