片翼の蝶



〈早く選べ。何もせずに永遠に彷徨うか、
 綺麗に終わらせて楽になるか。二つに一つだ〉


〈あたし、は……〉


「真紀。吾妻くん言ってたでしょ?
 真紀のことが知りたいって。
 最後にいっぱい教えてあげよう?
 真紀のこと。真紀の気持ちを」


真紀は虚ろな目で私を見た。


そして目を閉じる。


深く深呼吸をして、再び目を開けた。


〈茜。お願い、代わりに書いて〉


私を見つめるその目はとても真っ直ぐで、強かった。


私は深く頷くと、カバンからペンを取り出して、
椅子に座った。


ノートを開くと、「お前は誰だ?」の文字が覗く。


その横のページにペンを静かに突き立てた。


真紀は深呼吸をして、すぅっと息を吸い込んだ。







―〇月×日 △曜日 天気快晴。大地へ。






そこで真紀の口が止まる。


私は顔を上げずに、
次の言葉を聞き逃さないように待った。


ごくりと喉を鳴らす音が聞こえる。


カチカチと、歯の鳴る音が聞こえた気がした。
そして真紀は言葉を続けた。









―稲葉真紀です。
 ずっと言えなくてごめんなさい。
 私は、あなたに嫌われてしまうのが怖くて、
 ずっと言い出せませんでした。
 本当にごめんなさい。
 それから、私のことを知っていてくれてありがとう。
 一年の時のことなんて、普通覚えているかしら(笑)

 私は忘れていたのに、
 あなたは大事に覚えていてくれた。
 それだけで私はとても嬉しいです。

 私は、一人っ子です。
 得意な教科は音楽。苦手な教科は数学。
 趣味は映画鑑賞で、特技は……なんだろう。
 あなたがどう思っているか分からないけれど、
 私はそんなにいい子じゃないの。
 友達はいないし、勉強だって出来ない。
 そんなダメダメな私だけど、一つだけ、
 取り柄があるとすれば習字を習っていたことかな。
 
 私の字を、綺麗だって言ってくれてありがとう。
 自分のなんの変哲もない字が好きになりました。
 本当に、ありがとう。
 あなたが褒めてくれた、私のたった一つの誇りです。







スラスラと、思いを言葉に乗せていく。


それを私が受け取って、形にしていく。


真紀の言葉を少しずつ紡いでいると、
胸がきゅっとなるのを感じた。



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