片翼の蝶



―あのね、驚かないで聞いてくれる?
 実は私、もうこの世にいないの。
 交通事故に遭って死んじゃった。
 バカだよね。もっと注意して歩けばよかったよ。
 私は死んだ後もこの世に留まって、
 ずっとこの世を彷徨っていました。
 それは、あなたと交換日記をしたかったから。

 私ね、楽しかったの。
 あなたと他愛ない話をするのが。
 お世辞じゃなくて、このノートを見つけてくれたのが
 あなたで本当に良かったと思うの。ありがとう。







ついに、死んだことを打ち明けた。


真紀はそこで言葉を切って、黙り込んだ。


それでも私は、顔を上げなかった。


まだだ。まだ伝えたいことが沢山あるはず。


最後に言いたいことはこんなもんじゃないってこと、
私は知っているよ?









―もっと話していたい。だけどダメね。
 もうさよならしなくちゃ。
 だから最後に、言いたいことを言わせてね?
 あのね、私、顔も名前も知らなかったけど、
 私あなたのことが、大好きでした。
 ずっとずっと大好きでした。
 初めて話したあの時からずっと、
 あなたのことが好きでした。
 好きがだんだん膨れ上がって
 どうしようもなくなって苦しくなってしょうがなかった。
 それくらい、あなたが好き。
 名前も顔も知れた今でも、好きです。
 
 大好きです。思った通り、想像した通り、
 あなたは最高に素敵な人でした。
 私と出会ってくれてありがとう。
 本当に、あなたで良かった。





溢れて止まらない、真紀のたった一筋の想い。


好き。あなたが、好き。


ずっと言えなかったこと。


ずっと、秘めていた想い。


どんな感じなんだろう。


顔も名前も知らない人を好きになるって。


そしてすべてを知った今でもなお、好きだなんて。


とてもロマンチックで羨ましいなと思った。


大地はこれを読んで、何を思うだろう。


真紀の声はどことなく震えていた。







―あなたはこれから、いろんな人と出会って、
 いろんな恋をして、いつかは結婚もして子供も出来て、
 幸せな未来が待っていると思う。
 沢山恋をして、沢山人を好きになって、
 そして幸せになってください。
 
 でも、どうか一つだけ。
 私のことを、少しでいいから思い出してくれるといいな。
 ふとした時に、こんな女もいたんだって、少しでいい。
 思い出してくれたら私は、それだけで嬉しい。
 それだけが、私の、最期の願いです。
 
 どうか忘れないで。覚えていて。
 いつまでも、あなたを見守っているから。
 
 さようなら。あなたに出会えて本当に良かった。
 どうか、お元気で。    稲葉真紀








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