片翼の蝶
✻
時計の音が鳴る。
夕暮れの教室で、
私は机の一点を見つめて立ちつくしていた。
例によって南野高校に来ているのだけれど、
なかなかそれを確認出来ずにいる。
後ろには真紀と珀が揃って立っていて、
私を待っている。
交換日記は、ある。
しかし開けずにいる。
なんだか緊張して、開くに開けなかった。
何故私が緊張しなくちゃいけないのか分からない。
だけど私が確かめなくちゃ
真紀は見ることも出来ないんだから、覚悟を決めないと。
〈茜。日記、ある?〉
「あるよ」
〈そう。早く、開いて〉
「うん」
私は意を決してノートを手に取った。
昨日持った時よりも重たく感じる。
そのノートを開いて、ページを捲った。
パラパラと捲って、最後のページまで来る。
そこには男の子の、大地の文字が並んでいた。
返事、書いたんだ。
軽く目を通して、目に熱いものが生まれる。
私は真紀に見えるようにノートを差し出した。
真紀はごくりと喉を鳴らして、一歩ノートに近付いた。
そして、眸を揺らして、日記を読み始めた。
―〇月×日 △曜日 天気晴れ。 稲葉へ。
出だしは、真紀のそれと変わらないものだった。
―やっと、名前が知れた。
いや、分かってたんだけど、
やっと自分から名乗ってくれたなって。
あのなぁ!お前のこと嫌いになるわけねぇじゃん。
そりゃあお前のこと、何も知らなかったけど、
きっと俺は交換日記を続けていたと思う。
そんなこと気にしてずっと言えなかったなんて。
可愛いところあるんだな。
俺も一人っ子だ。得意な科目は数学で、
苦手な科目は歴史かな。
俺も映画鑑賞好き。特技はもちろん、サッカー。
ここにはかっこつけてばっかなこと書いたけど、
俺だって自分に自信ねぇよ。
ダメなとこばっかだし、嫌になる時もある。
だけどお前がいつも日記にかっこいいとか優しいとか書いてくれるから、
それだけで頑張れるよ。
お前の字は、本当に綺麗だ。
コピーさせてくれたノートを見ても、
学校の習字展の掲示を見ても、いつも思ってた。
いつの間にかお前の字を探して追っかけるようになってた。
それくらい、お前の字はいいなと思ってる。
真紀は黙って、日記を読み続けた。
途中何度か目を閉じて、深呼吸をする。
まるで続きを見るのが怖いと言っているように、
何度も、何度も。
時折はにかみながら、顔を赤らめて、真紀は見ていた。