片翼の蝶
ガラっと、大きな音がした。
息を切らして、立ち尽くす姿があった。
〈大地……〉
「吾妻くん」
「なあ、お前、稲葉が、見えるんだろ」
えっ?と思って大地を見る。
大地は息も絶え絶えに私を見つめた。
ゆっくりと私に近付いてくる。
「今、ここにいるのか?頼む。教えてくれ」
「あの、えっと、う、うん」
「稲葉!」
大地は大きな声で叫んだ。
真紀が驚いて肩を震わせる。
大地がきょろきょろと辺りを見回した。
真紀を、探している。
必死に探して、見つけようとしている。
「好きだ。好きだ、好きだ、好きだー!」
―俺とまた、恋をしてください。
大地の声は、真紀にしっかり届いている。
とても真っ直ぐで、とても素敵な言葉。
真紀の願いと、大地の願い。
こんなに思い合っているのに、
神様はどうしてこうも残酷なんだろう。
「さよならなんて言うなよ。
俺達、また会えるよな。
生まれ変わってまた、
お前のこと好きになるから!だから!」
はっと、息をのんだ。
真紀の視線と、大地の視線が、
合ったような気がした。
大地は微かに笑って、そして口を開いた。
「また、な」
大地の頬に、一筋の雫が伝う。
真紀の目にも、涙が零れ落ちた。
また、来世で。
そう誓った二人は、
多分来世で幸せになるだろうと、そう確信した。
だってこんなにも、愛し合っているんだもん。
幸せになれなきゃ、かわいそうだよ。
突然、真紀の体がぽうっと光った。
びっくりして口を開閉させる。
真紀もまた、驚いた顔で私を見た。
〈未練が解消された。真紀はあの世へ行くんだ〉
〈もう十分よ。あたしは十分、幸せなの〉
ちょっと待って。
「待って。私の体、貸してあげるから、
ちゃんと吾妻くんと話をして!」
私が叫ぶと、大地は眉を顰めて私を見た。
真紀は首を横に振って笑った。
〈いいの。このまま逝かせて〉
「真紀!」
〈大地に伝えて。あたしは来世で、
あなたを……待っている、って……〉
真紀にそっと手を伸ばした。
それでも、真紀は光に包まれて消えていった。
残された私はノートを握りしめて、俯いた。
こんなことなら、体を貸してあげればよかった。
「稲葉、いるのか?
体を貸すって、どういうことだ?」
「吾妻くん。真紀が、あなたを来世で待ってるって」
そう言って、ノートを大地に渡す。
大地はそれを受け取って、静かに笑った。