片翼の蝶
片翼の蝶に出てきた珀の死に場所。
一度読んだだけで印象強く残っている場所の名前。
だけど、なかなか言葉が出てこない。
早く言わなきゃ、信用してもらえないのに。
〈……青山峠〉
見かねた珀がポツリと呟く。
分かってる。分かってるんだよ。
でも、なんでだろう。言葉にならない。
喉の奥につっかえているみたいに、引っかかってる。
〈茜〉
「どうしたの?分からないの?」
〈大丈夫だから、言え〉
「あ、青山、峠」
珀の言葉につられて、ようやく言葉が落ちた。
真奈美は目を見開いて、顔を青ざめさせた。
サッと青に染められた白い肌が強張っている。
そしてしばらく固まったかと思うと
表情を緩めさせて私を見つめた。
「あなた、本当に珀の知り合いなんだね」
寂しそうにそう言った真奈美を見る。
真奈美は前髪を手ではらってため息をつくと、
私に向かって手を伸ばした。
「それが本当に珀の手紙だって、証拠は?」
「字を見れば分かるわ。珀の字なら、
見慣れているでしょう?」
私が手紙を差し出すと、真奈美は差出人の
珀の名前が書いてある面を見つめた。
確かに珀の字で書かれているのを確認すると、
ふっと笑みをこぼした。
「見るだけよ。別にあなたを
信じたわけじゃないから」
ツンツンした様子で手紙を乱暴に受け取ると、
真奈美は手紙を開いた。
手紙の文字に視線を落とす。
私はその様子をじっと眺めていた。
何が書いてあるんだろう。
大志は見せてくれたけど、
真奈美はきっと見せてくれないだろう。
真奈美はその手紙を見てどんな反応をするだろう。
まったく読めない真奈美の心の内を必死で探るように、
食い入るように真奈美を見つめた。
真奈美は目を泳がせ、
みるみるうちに顔を青ざめさせた。
もう一度髪の毛を手ではらって、
落ち着くように深呼吸する。
やがて目を上げて私を見ると、
真奈美は鼻で笑った。