片翼の蝶
「これは、この梨花っていうのは、
あたしなんだよね?」
私が頷く。
すると真奈美は急に顔を曇らせて、
本を見つめた。
「あたしはこんな、
いい子なんかじゃないのに」
「珀は、あなたのこと、
とても大切に思っていると思うよ」
多分、真奈美は「片翼の蝶」を半分も読んでいないんだ。
だから珀が何を言いたいのか分からないんだね。
この小説を読めばすぐに分かる。
真奈美の存在の大きさが。
「この本を読むにはもう、時間が足りなすぎる」
本に視線を落とす真奈美はポツリと呟いた。
眸を揺らして、時折眉を顰める。
片方の手で前髪をはらって、
それから微かに唇を噛みしめた。
時間がないということは、
やっぱり真奈美は死ぬつもりでいるんだろうか。
真奈美の言う「時間」が時の流れのことではなく、
日数を示していることは容易に分かった。
「あのさ、真奈美ちゃん」
「真奈美でいいよ、茜」
「じゃあ、真奈美」
私が真奈美の名前を呼ぶと、
真奈美はゆるゆると視線を上げて私を見た。
一応私と話す気があるということを知って、
私はごくりと喉を鳴らす。
そしてすぅっと息を吸い上げた。
「信じてもらえないかもしれないけど、聞いて」
「……うん」
「私、幽霊が見えるの」
えっ?と言葉にならない声を上げて、
真奈美は口を開閉させた。
「それでね、私には、珀が見えるの」
「は、珀が?」
目を見開いて、私を見つめた。
大きく開かれたくりくりの目は
動揺に揺らいでいる。
私は後ろに立っていた珀を見て、指を指した。
「ここに、珀がいるの」
真奈美の視線は宙を彷徨った。
ゆるゆると目が動き、
空中を見つめている。
それでも見えるはずもなく、
真奈美は唇を噛みしめた。
珀はにやりと笑って、
真奈美のそばに歩み寄る。
そして目の前に立つと
ひらひらと手を振ってみせた。
私はそこに手を向けた。
「そこ、目の前に立っているよ」
「えっ?」