片翼の蝶
「びっくりした。
珀がそんなふうに思ってたなんて知らなかった。
あたしはずっと、珀に嫌われたのかと思ってたから。
珀にとってあたしって要らないんじゃないかって思った。
でも、そうじゃなかった。
確かにあたしは、珀の「片翼」だった」
ちゃんと、珀の言いたいことが伝わってる。
そう思うと嬉しくなって、
私は静かに微笑んで頷いてみせた。
真奈美は指を交差させて動かす。
爪先が綺麗で、女の子だなと思う。
「でも、それならどうしたらいい?
あたしは生きていてもいいの?
珀以上の人なんている?
珀がいなかったらあたし、
どうやって生きていけばいいのか分からないの」
顔を覆って、真奈美がそう呟く。
私は珀の顔を見た。
珀は涼しい顔をして真奈美を見下ろしていて、
長いまつ毛が静かに揺れた。
〈好きなように生きろ〉
えっ?と思って珀の目を見る。
珀は私たちに背を向けた。
〈真奈美には必ず、俺以上の片翼が見つかる〉
私は慌てて珀の言葉を真奈美に伝えた。
真奈美は目を見張ってそれを聞いていた。
そしてふっと静かに微笑むと、目に涙を浮かべた。
「珀はもう、片翼を見つけたんだね」
「えっ?」
急に真奈美が立ち上がるから、
私はびっくりして目を見張った。
真奈美は清々しい顔をして笑っていた。
今ので何か分かったのかな。
私にはさっぱり分からない。
でも、片翼である珀のことを一番よく知っているのは真奈美だ。
きっと彼女にしか分からない何かがあるのだろうと私は思った。
真奈美はゆっくり数歩歩くと立ち止まった。
ちょうど、珀の体と重なり合う。
「ねえ、伝えて」
真奈美は私の方を見て口を開いた。
「珀に人生を変えてもらって良かった。
あたしはちゃんと、必死に生きていくから。
だから心配しないで。見守っていてって」
「ちゃんと、聞こえていると思うよ」
「そっか、いるんだっけ」
真奈美はくすりと笑ってみせた。
その顔がとても可愛らしくて、
ああ、やっぱりこの子はあの梨花なんだなと思った。
最初は全然違うじゃないと思っていたけれど、
珀が梨花をあんな描写で描いた理由がやっと分かった。
そう思うと、真奈美がとても近しい人のように思えてきた。
もう、真奈美に対する苦手意識は完全に消えていた。