片翼の蝶
珀がふっと笑った。
そして思い出したように「あっ」と声を上げると、
唇に大きく弧を描いた。
〈帰ったら勉強、だな〉
「えー、まだやるの?」
〈S大に受かるんだろう〉
「げっ」
私が苦い顔をすると、珀はまたにやりと笑った。
急いで歩けと私を促す。
私は珀の小説を胸に抱いて歩き出した。
真奈美と珀は、片翼の蝶だった。
だけどやっと、二人は別々の道を歩むことになって、
といっても、珀はもう死んでしまったわけだけど。
真奈美は珀という片翼を失っても、
ちゃんと自分の道を進むことを決意してくれた。
それはとても喜ばしいことで、
珀にとっても良かっただろうなと思う。
大事な人が、一人で歩いて行けるよう、
苦しまなくてすむように、
珀は自らの片翼をもいだんだ。
珀はもう飛べなくなったけど、
真奈美はこれからいくらでも、
どこへでも飛んで行けるもの。
きっと大丈夫。きっと上手くいく。
そう思って珀を見た。
珀は静かに、笑っていた。
こうして珀の片翼は、
ひとりでに空へ飛び立った。
どこまでも澄んだ青空だった。