片翼の蝶




問題集を解いていって、
間違えたところがあれば珀が声をかける。

そしてどうして間違えたのか、
どうすれば答えが導かれるのか、丁寧に教えてくれた。


最近はもう、勉強しかしていない。


今までの私に比べたら考えられない成長ぶり。


もう何か月、小説のノートを開いていないんだろう。


前は苦痛だったけれど、今は気にならなくなった。


合格したら思い切り書こう。


時間は十分にあるんだから。


そう思うと勉強に集中出来た。


授業もほとんどが自習となった今、
私はひたすら勉強した。


次の授業も、その次の授業も。


午前最後の授業は体育だった。


寒空の中の持久走。


走っている間も私の頭の中は勉強でいっぱいだった。


集中するものが小説から勉強に変わっただけで、
驚くほどの変化だと思う。


成績が上がったのは勿論のこと、
家族との関係も良くなったし、友達関係も良好。


最近では貴子と切磋琢磨し、
友達に勉強を教えたりもしている。


本当に、すごい。


それもこれも、みんな珀のおかげなんだと思うと、
珀がすごい人に見えてくる。




授業の終わりのベルが鳴って、
更衣室で着替えを済ませた。


伸びた髪を一つに束ねて、
身だしなみを整える。


私は貴子と別れて図書室に急いだ。


何故かふと、
図書室に行きたくなったから。





図書室は案の定誰もいなくて、
落ち着いて静かだった。


私は書架を眺めて椅子に座り、机に突っ伏した。


最近勉強のしすぎでなんだか疲れてる。


はあっとため息をつくと、
とても小さなため息だったのに、
この空間にピリッと響いた。


〈なぁ〉


「なーにー?」


適当に返事をする。


突っ伏したままで耳だけ傾けると、
珀が息を吸う音が聞こえた。


〈真奈美に手紙を渡してから、
 何か月経った?〉


「えー?えっと、四か月くらいかな」


〈だよな〉


珀は乾いた笑いを見せて笑った。


なんだかそわそわしている様子が声だけでも分かる。


私は目を閉じてその笑い声を聞いていた。


カーディガンを着こんでいるしカイロもつけているのに、寒いな。


この寂れた図書室は教室よりも寒い。


暖房も効いていないこの空間で一人でいるのには
ちょっと厳しいかもしれない。



〈なぁ〉


「だから、なに?」







〈三つ目の頼み、言ってもいいか?〉






そういえば忘れていた。


珀には頼みごとが三つあるんだとか。


一つ目は大志に手紙を届けること。


大志は最初怪訝そうだったけれど、
ちゃんと手紙を受け取ってくれて、
今、前を向いて小説を書き続けている。


二つ目は真奈美に手紙を届けること。


こっちは大志の時より苦労した。


どうやって信じさせたらいいんだろうって、散々悩んだ。


やっとの思いで受け取ってくれた頃には打ち解けてくれたけど。


なかなか難しい試練だったようにも思える。


そして、珀は今、その三つ目の願い事をしようとしている。


今回も手紙を届けることかな。


でも、珀の家で預かった手紙は二通だけ。


残りは渡されていない。


じゃあ、珀の三つ目の頼み事ってなんだろう。


「なに?」







〈体、貸してくんない?〉









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