片翼の蝶



「は?」


私は弾かれたように顔を上げた。


珀は真剣な顔をして私を見ている。


私も穴のあくほど珀の顔を見つめた。


まつ毛が揺れて、
気怠そうに開かれた眸は
私をじっと捉えている。


そこから視線を下に移すと、
弧を描いていない唇が
真一文字に引き結ばれている。


更に視線を落として、珀の胸辺り、
パーカーの紐の辺りを見つめた。


珀に、体を貸す。


それはつまり、乗り移りってこと?


前に言っていたのって、
冗談じゃなかったの?


〈ダメか?〉


「だ、めに決まってるでしょ。
 それは、ダメだよ」


〈どうしても、体を貸して欲しいんだ〉


「でも」


〈お前じゃなきゃ、ダメなんだ!〉


珀が大きな声を出した。


強い風が吹き荒れる。


窓がガタガタと音を立てた。


窓も開いていないのに、
ぴゅぅっと寒い風が私の髪を揺らす。


この風は珀の気持ちと連動しているんだって、
その時初めて分かった。


珀は真剣なんだ。


それほど、体を使って何かをしたいんだね。


でも、やっぱり怖いよ。


乗り移ったら、その間私はどうなるの?


本当に体を返してくれるの?


一度生身の体を味わったら、
もう二度と幽霊に戻りたくないと思うものじゃないの?


そういうものでしょ。


私だったら、二度と返さないと思うもの。


〈お前じゃなきゃ、
 お前じゃないと……ダメなんだよ〉


ポツリと、珀は言葉を落とした。


俯いて、地面を見つめている。


手にはぎゅっと力が込められていて、
唇を噛みしめていた。


そんな表情をされると
罪悪感に苛まれてしまう。


なによ。そんな顔しないでよ。


私だって、怖いんだから。


あなたは幽霊だから何も失うものはないけれど、
私はまだ生きているから、


軽々しく体を貸したりなんかして、
万が一死んでしまったらどうしようもない。


私も地面を見つめて、少し考える。


すると珀はポツリと、また言葉を落とした。


〈もう、時間がないんだ〉


「えっ?」





〈俺にはもう、残された時間がないんだよ〉





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