片翼の蝶



どくっと、心臓が鳴った。


残された時間がない?


もしかして珀は、消えてしまうの?


真紀のように?


でも待って。


真紀は未練を解消したから消えたでしょう?


珀の三つ目の頼み事を完了しない限りは、
珀は消えないんじゃないの?


不安に思って珀の顔を見つめると、
珀は弱々しい顔で見つめ返してきた。


「時間がないって、どういうこと?」


〈もう、俺があの世に逝くべき時が来たんだ〉


珀は自分の両の手のひらを
ぐっと握りしめてその拳を見つめた。


はっと息をのんだ。


ずっと気づかなかった……ううん。
本当は気付いていたのかもしれない。


珀の体は透けていて、
心なしか掠れているように見えた。


「そんな……どうして!」


〈本当は、四十九日が来た日に俺は、逝くべきだった。
 だけど言い出せなかった。
 お前が楽しそうでイキイキしていて、
 輝いていたから〉


珀は小さく微笑むと、目を閉じた。


何かを思い浮かべているのかな。


穏やかな表情で、長いまつ毛が揺れていた。


〈もう俺は長くない。だから最後に、一つだけ、
 俺の願いを叶えてほしいんだ〉


「私が、体を貸したら、あなたは何をするの?」


私が問うと、珀は目を開けてそこで初めて、
唇に大きく弧を描いて、にやりと笑った。


〈秘密〉


なんとも珀らしい、答え方だった。


私は思わず笑ってしまい、
ふぅっと大きくため息をついた。


ドクドクと、心臓が鳴る。


目を閉じて、しばらく考える。


両親のこと、友達のこと、自分の将来のこと、
いろんなことが頭を過った。


そして、私は目を開けた。


「少し、考えさせて」


〈……分かった〉


珀はそれだけ言うとパチンと消えた。


意味などなくただ単に消えただけかもしれないけれど、
さっき言っていた「時間がない」という言葉もあってか、
私は少し不安だった。


もしかしたらこのまま一生、
珀のことが見えなくなってしまうんじゃないかって。



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