片翼の蝶
「今、新作を書いてるんだ。
二月に出版される予定だ。
ちょうどヒロインが悩むところを
主人公が助けてやるシーンなんだ。
参考にしてもいいか?」
「い、いいけど」
「そうか、ありがとう」
「こっちこそ。聞いてくれてありがとう」
私は残った牛乳を一気に飲み干して、
口元を手の甲で拭った。
すると大志も珈琲を飲み干して、
同じように拭った。
二人顔を見合わせて、それから立ち上がった。
「じゃあ、いつにする?」
「明日。決心が鈍りそうだし」
「じゃ、明日そっちに行くわ」
「ありがとう」
「いいえ」
二人で部屋を出て、日が沈んだ道を歩く。
大志の長い髪が揺れるのを見ながら、
私は後をついていった。
大志の新作も読みたい。
どんなお話なんだろう。とても気になる。
ヒロインが出てくるってことは、恋愛ものなのかな?
違うかな。
でも、どんなお話でも
大志は綺麗に面白く書くんだろうなぁ。
珀には敵わないけど。
私の家の近くの駅まで送ってもらって、
大志はまた電車に乗って帰って行った。
私は暗くなった道のりを一人で歩く。
明日か。明日、私は珀に体を貸す。
それがどんなことなのかは私はまだ知らない。
知らないから、とても怖い。
だけど珀のためなら、私はちょっとくらいの我慢をしてもいいのかなと思えてきた。
「珀」
珀の名前を、ポツリと呼んでみたけど、
珀は返事をしないどころか、姿も見せなかった。
今頃何をしているの?どこにいるの?
私の近くに、ちゃんといる?
呼んでも出てこない珀を思って、
私は深くため息をつくと、また歩き出した。
途中お父さんと会って、二人並んで家まで歩いた。
家ではお母さんがご飯を作って待っていて、
みんなで食べた。
部屋に戻って着替えてから問題集を開く。
それでも珀はやってこなくて、
少し寂しい気持ちになりながら眠りについた。