片翼の蝶
その夜、私は夢を見た。
真っ白い世界に珀が一人で立っていて、
私を見つけると微笑んで手招きをする。
私は吸い込まれるように珀に近付いていく。
ああ、なんだろう。
なんだか分からないけど、とってもフワフワする。
ようやく珀の目の前に立って、珀に手を伸ばす。
触れそうになったその瞬間、珀は身を引いた。
〈俺に触れたら、戻れなくなるぞ〉
『それでもいい。私、あなたに触れたいの』
そう言って真っ直ぐに手を伸ばすと、
珀の右手に触れた。
冷たくて、でもなんとなく温かくて。
私は珀の右手を引き寄せると、両の手で包んだ。
すると珀が、とても力強く私を抱き寄せた。
珀の胸の中にすっぽりと収まる私。
私も腕を回して抱きしめ返すと、地面が揺れた。
グラグラ揺れて、それで足元に大きな黒い穴が生まれる。
すると急に珀の力が抜けて、
私は穴の中に落っこちた。
真っ白い世界から、真っ黒い世界に包まれる。
どこまでも、どこまでも落ちて、
私は目が覚めた。
「夢……?」
〈何してんだよ!早く起きろ!〉
いつものように、珀が大きな声で騒いでいた。
私は目を開けて、珀の姿を見る。
びっくりしてぽかんとしていると、
珀は訝しげに私を覗き込み、そしてにやりと笑った。
〈怖い夢でも見たか?〉
「う、うん」
〈学校に遅れるぞ〉
「珀、そのことなんだけど」
私は体を起こして気付いた。
あの感触……珀に触れた感触が、
珀に抱きしめられた感触が確かにここに残っている。
あれは夢だったの?現実だったの?
でも、夢だよね。
だって、珀は言ったもの。
「俺に触ると、戻れなくなる」って。
私は変わらずここにいる。
ということはやっぱり、
あれは夢だったのかもしれない。
〈なんだよ〉
「今日は大志に会いにいくの」
〈大志に?〉
珀は眉を顰めて私を見た。
一体大志に何の用が?
そう言われているのは十分伝わった。
私はコホンと一つ咳をして、
それから珀のようににやりと笑ってみせた。
「珀に、体を貸してあげる」