片翼の蝶
〈あなた、珀って子に体を貸したのね?〉
「そ、そうだよ」
〈へぇ。それでここにいるんだ〉
「私、どうなっちゃうの?」
不安に思ってそう聞くと、
真紀は肩を竦めてみせた。
〈しょうがないわね。教えてあげる。
あのね、あなたは今、あの世。
つまりこっちの世界に一歩入りかけている状態なの〉
「ええっ?」
〈大丈夫よ。珀が体を返すころには
もと来た道を辿って帰れるから〉
それを聞いてほっと一息つく。
ということは私は帰れるのね。
このままここに留まるわけじゃないんだ。
〈でも聞いて。この世界であなたは珀に出会うわ。
その時は、絶対に彼に触っちゃいけないのよ〉
「えっ?」
〈触ったら最後。あなたは戻れなくなる。
珀があなたとして生きることになるの〉
そんな……。あの夢は、本当だったんだ。
触ったら戻れなくなる。
それはこのことを意味していたのね。
珀に触れば、私は永遠にこのまま。
つまり死ぬことになる。
私の体は珀が乗っ取ることになって、
珀が私として生きる。
それは嫌だ。
私だって、こんな私だって
まだやりたいことはある。
せっかく勉強だっていいところまできたし、
書きたい小説だって、読みたい小説だってある。
もうちょっと落ち着いたら
友達ともどこか出かけたいし、
両親とだってもっと仲良くなりたい。
あんなに何もない空っぽな私だったのに、
この数ヶ月で、気付いたら
いっぱいやりたいことが出来たのね。
そう思うと自分でもびっくりで、
今ごろ気付くなんて情けないなとも思った。
安易に体なんか貸さなきゃよかった。
そうしたらこんな思い、しなくて済んだのに。
〈茜、大丈夫?〉
「うん……大丈夫」
〈いい?絶対に触っちゃダメよ。
あたし、あなたにまだ生きていてほしいから〉
「うん。ありがとう」
私はため息をついて、その場にしゃがみ込んだ。
どうしたらいいのか分からない。
ただここで、珀が体を返してくれることを待つしかないなんてもどかしすぎる。
真紀は同じようにしゃがみ込むと、
ふっと息をついて口を開いた。