片翼の蝶
「珀!行かないで!」
必死になって手を伸ばしても、
珀はあの夢のように私を抱きしめてはくれない。
それが悲しくて、寂しくて、
目から涙が流れた。
もう、触れてもいい。
戻れなくてもいい。
あなたに、私はあなたに触れたいの。
「珀!」
あとほんの数ミリ。
触れるか触れないかの距離になった時、
私の足元に真っ黒い穴が開いて、
私はその穴の中に落ちた。
ぐんぐん落ちて、何も見えなくなる。
目を閉じると、風を全身に感じた。
恐る恐る目を開けてみると、
そこにはさっきと同じ街並みが広がっていて、
私は飛んでいた。
来た道を戻っていく。
人を通り抜け、建物を通り抜け。
もしかして、体に戻ろうとしているの?
待って、私、珀に会いたい。
珀に会って、その手に触れたい。
まだ、戻りたくない。
私はまだ、あなたと一緒にいたいのに。
ぐんっと急上昇して目の前に空が広がる。
景色はどんどん変わっていく。
空の向こうにさっきと同じような光の輪が見えた。
それに向かって、飛んでいく。
私は後ろを振り返った。
そこにはもう、誰もいない。
ただ青空だけが広がっている。
それでも私は、抗うように手を伸ばした。
お願い。この手を取って。珀!
気付いたら私は、光の中に飛び込んでいた。