片翼の蝶
ご飯を食べ終えて、
私は部屋へと入った。
カバンから大志の書いた小説を取り出す。
あとがきがないから、
表紙から私はページを捲った。
「紫苑」と書かれた文字を見つめる。
薄紫の小さな花。それが紫苑。
花言葉は、追憶、君を忘れず。
この小説は珀に向けて書かれたものだとすぐに分かった。
これは珀が読むべきもの。
私なんかが読んでもいいのかな。
〈紫苑、か〉
「い、いたの?」
〈ずっといたよ〉
「読む?」
〈いや、いい。お前が読めよ〉
珀は私のベッドに寝転がると天井を見つめた。
鼻歌を歌いながら眸を閉じる。
そんな珀を見つめて、私は小説に向き直った。
一つ一つページを捲る。
ある男の、大志の今が綴られていた。
面白いけれど、私には何か物足りなさを感じた。
それはきっと、私が珀の小説に出会ってしまったから。
珀の小説のような高揚感は感じられなくて、
読み終えた後はすっきりしたけどただそれだけだった。
〈どうだった?〉
「面白かったよ。ただ……」
〈ただ?〉
「私は、あなたの小説の方が、好きかも」
私がそう言うと、珀は唇に大きく弧を描いた。
〈やっと俺のすごさが分かったか〉
「うん。分かった。あなたって、すごいのね」
珀はベッドから起き上がって、私を見た。
そして私に近付いてくる。
〈それは小説、か?〉
えっ?と思って珀の白い手が伸びる方向を見つめると、
そこには私の書いた小説があった。
机の上でちょこんと乗っているそれは
何度も書き直した形跡で汚れていて、
綺麗に整頓した机上には
似合わないオーラを放っていた。
普段は私も、パソコンを使う。
だけど授業中だったり、
何かをメモしたりする時はノートを使っている。
珀が目にしたのはそのノートだった。
私は少し気恥ずかしくなってそのノートを腕で隠した。
すると珀はにやりと笑って、私を見つめた。