片翼の蝶



〈読みたい〉


「ダメ」


〈なんで?俺の小説、見せただろう〉


「あなたのものとは比べ物にならないもの。
 絶対にダメ」


私が必死になって隠すと、
珀はつまらなそうに舌打ちして、
それからまたベッドに身を投げた。


〈梨花は、小説が嫌いだった〉


「えっ?」


〈嫌いと言うと語弊があるか。
 小説が苦手だった〉


珀はポツリと言葉を落とした。


突然梨花の話をするものだから、
一瞬戸惑ったけれど、私は珀の次の言葉を待った。


〈読むと眠くなるらしい。
 基本的な性格とか、意思とか、
 そういうものは気が合ったけれど、
 小説だけは相容れなかった。
 それは俺にとってとても悲しいことだった〉


梨花は、こんなに素晴らしい珀の小説も
読まなかったのかな。


片翼の蝶をそっと眺める。


これは梨花が読むべき小説なはずなのに、
もしかしたら梨花はこれを読んでいないのかもしれない。


そもそも梨花は生きているのかな。


まさか、死んだりしてないよね?


〈だから、俺のそばには大志くらいしか、
 小説を理解する奴はいなかった。
 お前だけだ。身内以外で小説を好きだと言ったのは〉


落とされた言葉に、
胸がきゅっと締め付けられるのを感じた。


私だけ。


それは、特別って意味?


私だけが、興味を示した。


あの梨花でさえ相容れなかったものを、
私だけが理解した。


そう思うと胸が弾んだ。


少しでも、私はあなたの
特別な存在になれたかしら?


〈だから気になるんだ。
 お前がどんな物語を愛して、
 どんな物語を書くのか〉


そう寂しそうに、珀は言った。


ただ単純に気になった。


私という人間に興味を持ってくれた。


そのことが嬉しかった。


私はしぶしぶノートから腕を離して、
自分の書いた小説を見つめる。


汚い自分の字を見ていると吐き気がする。


誰かに見せようと思った瞬間から、
それがとてつもなく稚拙で汚らしく思えてしまう。


今までは、誰かに見せようなんて思わなかった。


だから自分の中で満足するだけで良かった。


これが、珀と私の差なのだろうか。


「み、見てもいいけど、笑わないでよね」


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