片翼の蝶




私が言うと、珀は唇に弧を描いた。


頷いて、私のそばに近寄ってくる。


ノートを差し出したけれど、
珀は困った顔を見せた。


これじゃ見れないと、目が訴えている。


ああ、そうか。珀は幽霊だった。


自分でこのノートを触れない分、
ページを捲ることが出来ない。


私が捲ってあげるしか読む方法がないんだ。


仕方なく私は机にノートを広げた。


珀はノートに視線を落とす。


珀の綺麗な眸がスラスラと動いて、
しばらくすると〈いい〉と短く珀の声がする。


その声を合図にページを捲る。


しばらくそれを繰り返した。


私じゃない誰かが、私の小説を読んでいる。


それはとても擽ったくて、恥ずかしくて、
今すぐ穴があったら入りたい気分だった。


感想も何も口にしない珀の気配だけを感じる。


静寂が走って、時計の秒針の音だけが響いている。


ふと時計に目をやると、
とっくに日付を超えていた。


けれど不思議と眠くはない。


どこかでこの小説に対する感想を
期待している自分がいるのは確かだった。


どれくらいの時間が経ったのか。


最後のページに辿り着いて、
珀の横顔をそっと見つめる。


その横顔はとても綺麗で、
流れている視線がとても大人びていた。


長いまつ毛が揺れる。


口が微かに開閉する。


その姿を見ているだけで、時間は過ぎていった。


〈なるほど〉


短く珀が言った。


はっと我に返って、姿勢を正す。


珀は唇に弧を描いて私を見た。


〈なかなか面白い物語だった〉


「ほ、ほんと?」


〈ああ。特に主人公がよく描かれている。
 描写表現はまだまだ乏しいところがあるが、
 話の筋は面白い。
 読んでいて退屈しない物語だ。
 お前はきっと、もっと経験を積めば
 素晴らしい書き手になるな〉



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