片翼の蝶
代筆
✻
貴子はご立腹だった。
一体何がそんなに気に入らないのかというほど、怒っていた。
肩を怒らせ、わなわなと震え、
そして私を睨んでいた。
貴子が怒っている理由は分かっている。
私が約束を破ったから。
土曜日は貴子と一緒に
洋服を見に行く約束をしていた。
十時に駅前で待ち合わせて、
それから一緒にデパートに行くはずだった。
だけど私は行かなかったのだ。
珀と大志に会いに行ったから。
二階のトイレの中で、私は
貴子と数人の仲のいい子たちに囲まれていた。
みんなの視線がたまらなく痛い。
私はその輪の中で小さく震えていた。
「一体どういうこと?
私、三時間も茜のこと待ったんだから!」
「貴子待たせるなんてどういう神経?」
「断るなら断るで、連絡しなよね」
「というかさあ、
ドタキャンして何してたわけ?」
矢継ぎ早に質問されて目が回りそうになる。
そんなにみんなで怒らなくてもいいじゃない。
私が謝らなければいけないのは貴子であって、
みんなじゃない。
迷惑をかけていない子たちに
怒られる筋合いは全くない。
それなのにこんなに怒られなければいけないの?
私は申し訳ないという気持ちと、
少しの理不尽さも感じていた。
ぼうっと貴子の制服のエンブレムに目を向けていると、
声が聞こえた。
〈こいつら、友達じゃねぇの?〉
いつの間にか珀がいた。
ていうか、珀。
あなた幽霊だけど一応男の子なんだから、
女子トイレにいるのはまずいんじゃないかしら?
なんてそんなのん気なことを思う。
珀は不思議そうな顔をして
私と貴子を交互に見つめていた。