片翼の蝶
〈真奈美が、唯一心を動かされた人だった。
真奈美だけが、俺の心の中にすっと入ってきた。
真奈美は俺の、分身みたいなものだった〉
愛しげに語る珀をじっと見つめた。
ふと足を止める。
珀も同じように足を止めた。
そして前を真っ直ぐに見つめて、
口を開いた。
〈心も体も、全てが近いところにあった。
そんな感覚、分かるか?〉
ぶんぶんと首を横に振る。
すると珀は私を見た。
〈なんて言うんだろな。水みたいなものだ。
人は水がないと生きられない。
必要不可欠なもの。
俺は真奈美がいないと息も出来なかった〉
その例えは、なんとなくだけれど分かる。
水が無かったら私たちはこうして息をすることも出来ない。
意識はしないけれど欲してしまうもの。
きっと珀は梨花が、
真奈美のことが好きだったけれど、
そういうんじゃなかったんだ。
体が、心が真奈美を欲していたんだ。
それはきっと、真奈美も同じで……。
〈今の説明で分かったか?〉
「分かったよ。でもさ、
そんなに大事ならなんで、
死ぬことを選んだのさ」
〈さあな。俺にもよく分からん。
なんでだったんだろうな〉
珀は自分の両の手のひらをじっと見つめた。
なんで死んじゃったのよ。
死ななかったらきっと、
違う未来が待っていたのに。
〈帰ろう。もう暗くなる〉
いつもと違う、小さな微笑みを見せた。
もう暗くなる。
帰らなければ。
そう思うのに体が言うことを聞かないみたいに重い。
まだ、聞きたいことが山のようにある。
ねえ、あなたはどんな人なの?
何に憤り、何に嘆き、何に笑うの?
本当に、どうして死んでしまったの?
出来る事なら、私はあなたに、
生きたあなたに会いたかったよ。