片翼の蝶
家に着くまでの間、
私たちは何も言わずに歩いた。
蝉の鳴き声だけが私の耳に響く。
家に着いたのは少し薄暗くなった時だった。
また靴を乱雑に脱ぎ捨てたことで
お母さんに怒られる。
もう毎度のことだけれどなかなか直らない。
靴を丁寧に脱げるような子になりたい。
私はどうして、こうなってしまったんだろう。
部屋に入ってカバンの中身を整理する。
今日買った本を机の上に並べて見る。
「片翼の蝶」を本棚にしまい込んで、
私は「嫉妬と憧憬」を手に取った。
椅子に座って深呼吸して、
まずは本の匂いを嗅ぐ。
真新しい紙の薫りに酔いしれると、
例によってあとがきのページを開いた。
やっぱり手に取ってくれた読者への
感謝の気持ちが述べられて、
少し他愛のない話が始まる。
そして物語の話に移り出す。
大志が言っていたようなあらすじだった。
小説家としての大志のあらすじを聞いただけで
読みたいという気持ちが爆発していたけれど、
あとがきを読んで更にその気持ちが強くなった。
私はあとがきを読み終えて表紙まで戻った。
「嫉妬と憧憬」「杉内珀」。
その文字に指を這わせる。
そしてページを静かに捲った。
聞いていた話だけあって、
ぐいぐい読み進められる。
ページがどんどん捲れていく。
早く、早く次のページに行きたい。
もっと、もっと、もっと。
ふと、大志の顔が浮かんだ。
悔しそうに、悲しそうに
珀の死を語る大志を思い出した。
この話と照らし合わせて読んでいくと、
胸が抉られていくようだった。