片翼の蝶
全てを話し終えると、
珀はうん、と一つ頷いた。
そしてしばらく考え込むように眸を閉じる。
チッチッと時計の秒針が鳴る。
私は珀の横顔を見つめた。
綺麗な顔。
見とれてしまうその横顔は
とても整っていて、大人っぽい色気を帯びていた。
〈気づいたら、私は涙を流していた〉
「えっ?」
〈何に対してかは分からない。
ただ、無性に泣きたくなった〉
「珀?」
訳が分からないまま珀を見つめていると、
珀は唇に大きく弧を描いて私を見た。
〈書いてみろ。冒頭部分だ〉
私は弾かれたように、
慌ててキーボードを叩いた。
珀はもう一度その冒頭部分を呟いた。
私は震える手で一生懸命打ち込んでいった。
〈また聞こえる。小さな声が。
私を呼んでいる、小さな声が。次で改行〉
珀の声が耳に響く。
言われた通り文字を打ち込んでいく。
不思議だった。
どんどん物語の破片が繋ぎ合わさっていく。
私が語った通りに、話が進んでいく。
巧みな表現で、見事な心理描写で、
私の考えた物語が形を成して立ち上がっていく。
私はどんどん話す珀の言葉を聞き逃さないように
真剣に耳を傾け、間違えないようにキーボードを叩いた。
面白い。
いちいち考えなくても、
思った通りに筆が進む。
私が考えもしないような文章が並んでいく。
もっと、もっと続きを読みたい。
そう思える文章で溢れていく。
この後はどうなってしまうの?
そう心の中で問いながら、
私は文章を打ち込んでいった。