片翼の蝶



〈この主人公は、
 途中で真実に気付くんだよな?
 どの部分でそうする?〉


「えっと、三回目の夢を見た時。
 その時に心臓移植のドナーだと気付くの」


〈そうか、なら……あなたは誰なの?
 ごめんって、何?……ここで閉じる〉


時折私に質問しながら、
珀は言葉を並べていった。


すごい。


私には出来ないことを珀がやっている。


このまま続けていけば、
これはきっとすごい物語になる。


そう信じて、時間も忘れるくらい打ち込んだ。


もう夜も更けて真っ暗になった。


パソコンの画面だけが光を放っている。


目が悪くなりそうだったけれど、構わず続けた。


誰にも聞こえない珀の声は私だけのもののようで、
その低く心地いい声に耳を傾けていた。


囁くように言葉を放つ珀は私の近くにいて、
薄い息遣いで画面を見つめている。


その様子は真剣で、
私はそんな珀を見られて嬉しかった。


珀が、私の物語に同化してくれている。


私の物語を汲んで物語に息を吹き込んでいく。


こんな体験初めてで、
私は胸のドキドキを抑えるのに必死だった。


〈朝だ〉


珀の声でようやく我に返る。


カーテンの隙間から光が差し込んでいた。


大きく伸びをしてパソコンの画面を見つめる。


物語は中盤に差し掛かっていた。


もうこんなに書いたんだ。


自分で書く時は数ページしか書けないのに、
珀がいると何十ページも書けてしまう。


これが小説家というものなのかと、感心した。


珀のことを改めてすごいと思ってしまった。


〈今日も学校だな〉


「そうだね。続きが書きたいな」


〈教室で書けばいいだろ〉


「そうね。そうだった」


私は思わず笑ってしまった。


私にとって学校は物語を作り出すための空間だもんね。


家も学校も関係ないか。


私はノートを学校のカバンにしまって、
制服に着替えた。


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