片翼の蝶



リビングに行くと
お母さんがご飯を作っていた。


私が扉を閉めると、
お母さんは顔を上げて私を見た。


「あら、今日は早いのね」


「うん。ちょっとね」


「学校、そんなに楽しみなの?」


「まあ、そんなとこ」


お母さんのからかい交じりの言葉に軽く返事をして、
冷蔵庫に手を伸ばした。


牛乳を手に取ってコップに注ぐ。


ふと大志のことを思い出した。


あの時も牛乳をもらったなぁ。


大志、今ごろ小説を書いているのかな。


そうだといいな。


大志の書いた「紫苑」はとても素晴らしい作品だった。


きっと大志は売れる本を書くだろう。


まあ、珀の小説には負けるけれど。


なんて思いながら椅子に座って
料理の音を聞いていると、お父さんが顔を出した。


私が早く起きていることに驚いているのか、
目をパチクリさせてこっちを見ている。


そしてしばらく経ってから私の向かい側に座って、
手を組んだ。


「今日は随分早いじゃないか。雨でも降るかな」


「今日は晴れだって、天気予報で言ってたよ」


「茜がニュースを見るなんて……
 今日は本当に雨でも、いや、
 雪でも降るんじゃないか」


驚きすぎだし。


そんなに言われるならこれからは
絶対に早起きなんかしない。


まあ、早起きしたんじゃなく
夜更かししただけなんだけど。


いつもは遅刻ギリギリまで寝ているから
お母さんの怒鳴り声が我が家に響く。


それが無いだけで何故か新鮮な気持ちになる。


こんな時間から起きて制服を着て、
料理の音に耳を傾けているなんて、
たまにはいいものね。


心なしかお母さんやお父さんとの関係も
いつもよりいいような気がした。


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