政略結婚ですがとろ甘な新婚生活が始まりました
1.別れ
「……もう一度言ってくれる?」

早帰り、ノー残業デーと謳われた十二月半ばの水曜日の仕事帰り。

私、鳴海 彩乃(なるみ あやの)は有名チェーン店のコーヒーショップにいた。この店は私の勤務先のひとつ隣の駅前にある。

目の前に、水色のステッチが入ったお洒落なワイシャツに細めのネクタイを合わせたスーツ姿の男性が座っている。

短い黒髪に手入れされた眉、身だしなみは完璧で、服装も性格も何もかも地味な私とは正反対だ。

この店は彼の職場からほど近く、仕事帰りに会う時によく指定されている場所だった。二十ほどあるテーブル席の中で、入り口に近いこの窓側のテーブル席が彼のお気に入りだった。

口に運んでいた真っ白なカップをソーサーに戻すと、悪びれた様子もなく言った。

「好きな子ができたから、別れてほしい」

彼とは半年前から付き合ってきた。名前を飯野 隆(いいの たかし)という。

言葉を理解するために瞬きを幾度か繰り返す。聞き間違いではないかとも考えた。

温かなコーヒーが入った白いカップの取っ手を握り損ねて、カチャンと耳障りな音を立ててしまう。その音に彼が太い眉を少しだけ顰める。
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